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腰が低いけど、指示を出します

社会人になってニ年目のころ、上司との面談で仕事について話す機会があった。

上司は当時の私より10歳ほど年上の女性で、普段からなにかと世話を焼いてもらっていたので、以前から気になっていたことを尋ねてみた。

「協力会社の皆さんとの、距離感がよく分かりません。」

そのころ私は、広告制作やイベント運営の仕事をしていた。

肩書きで言えば、プランナー。

企画の立案やプレゼンは自分で行うのだが、実際にデザインをするのはデザイナー、イベントを実施するのはイベント会社、といった具合で私の主な業務は彼らへのディレクションをすることだった。

ディレクションとは文字通り指示出しなのだが、大学を出たばかりの自分が年上でベテランの、しかも他社の社員さんを相手にそれをするのはかなりハードルが高かった。

もちろん向こうは仕事だからそんなこと気にしていないのだろうけど、てきぱきと指示を出して生意気な若造だと敬遠されるのは怖かった。この業界は、持ちつ持たれつなのだ。

同じ部署の先輩方をみていると、協力会社の人がどんなにベテランでも、年上でも、臆さず指示を出している。

「はい、あれをこうして、こうです。それは予算に入っていないので、必要ありません。」

といった具合に。
それに対して、私の指示の出し方はこうだった。

「ええと、あれをこうして頂けますでしょうか。そうです、はい、ありがとうございます。それはですね、申し上げにくいのですが、予算が…ええ、はい、申し訳ありません。よろしくお願い致します。」

腰が低いというか、丁寧すぎるというか。

もちろん話し方には付き合いの長さも関係するから、これから何度も一緒に仕事をしていけば少しは変わるかもしれない。

しかし、一緒に入社した同期がてきぱきと指示出しをしているのを見て、私は焦りを感じた。

もともと話し方もゆっくりだし、知り合った人と気安く話せるまで時間がかかるたちだし、これはもう性格のような気がする。

てきぱきと話す練習をしてみたこともあるが、本来の自分とはかけ離れた話し方に違和感が物凄くて内容に集中できなかった。

そんなことを面談の席でつらつらと話すと、向かいに座った上司は楽しげに口角をあげて微笑んだ。

「そうなんだ。それで、仕事に支障が出てるの?」

私は一瞬きょとんとしてしまった。

この上司もはっきりとものを言うタイプで、悩みを吐き出したもののそんなことでは相手に舐められるわよと叱責されると思っていた。

「いえ、作業は滞りなく進んでいます。」

「じゃあ、そのやり方でいいじゃない。」

上司は何か問題でもある?というように笑って肩をすくめてみせた。

ほかには何かあるかと聞かれ、特にありませんと答えると私の面談は終了した。

デスクに戻りながら、それまでのことに思いを巡らせていて気がついた。私はどうやら、長いこと思い込んでいたようだった。

指示を出す人間は、てきぱきしていなければいけない。歯切れ良くはっきりと物を言い、相手に舐められることのないようどっしり構えていなければならない、と。

思えばそれまで出会ってきた「人に指示を出す」役割の人は、お母さんも先生もクラブの部長もバイト先の店長もみなそういうタイプの人だった。

そうでなければいけないと、どこかで思い込んでいた。

しかし、ここに私がいる目的は仕事を完遂することだ。それができていれば指示の出し方や過程にこだわる必要はなかった。

てきぱきと指示を出しても、へこへこと頼んでいても、企画通りのデザインが仕上がれば、イベントが実施できれば何も問題はない。

長年「指示を出す」ということについて凝り固まったイメージを持ってしまっていたなと思う。

自分のやり方で、自分に合った話し方でいい、そう気づいてからは自由に動けるようになれた。

その後さまざまな仕事をするにつれディレクターという肩書きの方とも幾人かお会いしたが、てきぱきとした人もいれば穏やかな話し方の人も、私のようにずっと敬語で話す腰の低い人もいた。

あれから10年以上たった今も、あの短いやりとりで自分らしく働けるようになれたことに、当時の上司に、今でも感謝している。


#思い込みが変わったこと


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