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ナスダック上場のナイジェリアのアグリテックが詐欺疑惑-ヒンデンブルグがレポート

ナイジェリアのスタートアップについて、超驚級の不正が報じられています。

6月6日、空売り投資で知られるヒンデンブルグリサーチが、ナイジェリアでアグリテック・フィンテック事業を行う、ナスダック上場米国企業のTingo Groupについて、「財務諸表を完全に捏造」しており「極めて明白な詐欺会社」とレポートを発表しました

同社が展開している(と主張している)事業は、小規模農家に種や肥料を提供し、収穫した農作物を、仲買人を排してオンラインで市場に直接販売する事業です。農家向けデジタルプラットフォーム、クラウドファーミングなどと言われている、人気の領域です。

さらにそのメンバー農家に携帯をリースして、デジタル決済やエージェントバンキング、保険やマイクロファイナンスを附帯します。これも「リープフロッグ」としてよく紹介されている人気のビジネスモデルですね。

現地メディアの報道もあわせると、疑惑は次のようなものです。

  • 「種から販売まで」と銘打ったオンラインマーケットプレイスで四半期に1億2,530万ドルの売上を上げたとしているが、サイトは数ヶ月間「メンテナンス中」が続き、運用できない状態だった

  • 930万人いるというプラットフォームメンバー農家は、2つの農業組合の組合員とされるが、そのうちの1つに連絡をとったところ、Tingoのことを知らず、組合員数は100人以下だった

  • 携帯を農家に3,000万台リースしているとして、そのリースと通信料金収入は同社の売上15%を占める1億2,800万ドルに上る。しかしTingoは通信事業者としてもMVNOとしても当局に登録されていない。ラゴスにあるTingo mobileのオフィスを訪問すると一握りの数のスタッフしかおらず、税金滞納の紙が貼ってあった

  • 自社の携帯を使っている農家がたくさんいるはずなのに、Tingoのサイトのトップページに使われている「携帯を使う農民」の写真はストックフォトのものだ(*1)

  • 2021年、モバイル決済サービスTingo Payの決済システムに関して大手現地銀行と提携したと発表したが、2日後に当の銀行が「いかなる提携もしていない」と反論。携帯を使った決済に用いるPOSマシンの写真は、他社のPOSマシンにTingoのロゴをフォトショで貼り付けたものだった

  • 2023年5月、農家の収穫物をドバイのマーケットに輸出する新規事業Tingo DMCCをプレスリリースし、第3四半期までに13.4億ドルの輸出を実現すると発表したが、この金額はナイジェリアの年間農産物輸出額である約11.5億ドルを上回っている

  • メンバー農家の農作物をパスタなど食品に加工して付加価値をつけるための食品加工工場の起工式が2023年3月に行われ、5月にSECに「基礎を設置し工事は進んでいる」と報告された。しかしいまに至るまで雑草の生える更地のまま(*2)

  • その食品加工工場にソーラーパネルを設置するべく、英国企業と1.5億ドルの契約を結んだと発表したが、その英国企業は休眠会社だった

  • 2023年2月、Tingo Groupは創業者からTingo Foodsを「在庫評価額に等しい金額」として2億400万ドルで買い取ったが、買収後のグループの財務諸表からその在庫の記載が消えていた

  • 貸借対照表とキャッシュフロー計算書の数値が一致していない

  • 監査を行ったデロイトのイスラエル(なぜイスラエル?)法人は、無限定適正意見を出し「ナイジェリアにあるというTingoの現金残高の存在について強い疑いがある」と記載

Tingoの創業者はラゴス出身のDozy Mmobuosi氏(43歳)で、億万長者としてメディアに取り上げられていました。彼については、

  • 「ナイジェリア初のモバイル決済アプリを開発」という経歴を掲げているが、そのアプリの開発者に確認したところ「真っ赤な嘘」

  • 「マレーシアの大学で農村開発の博士号を取得」も、大学の学位取得者システムに名前なし

  • 2017年にナイジェリアで小切手不正で8件の起訴(いずれもその後和解)

  • 2019年「Tingo Airlinesを立ち上げた」としてロゴ入り飛行機の写真をSNSにアップし、「今日Tingo Airlineで飛ぼう」と呼びかけたが、写真はフォトショップで作成しており(*3)航空機は保有していなかった。本人は「コロナのせいでキックオフが遅れただけ」とした

・・・おなかいっぱいですね笑

たしかに、同社が自社サイトのトップページに使っている写真は、画像検索すると、写真販売サイトShutterstockで売られているものでした。

Tingoの自社サイトの写真

https://tingoinc.com/

検索結果としてでてきたShutterstockのサイト。他のスタートアップやニュースサイトも使用していますね。自社サービスのメンバー農家がいて、自社の携帯をリースしているなら、ふつうはそれをアピールした独自の写真を使うのでは?というのがヒンデンブルグリサーチの疑念です(*1)

ABPによる画像検索結果

工事が進んでいるはずの食品加工工場用地は、更地のまま(*2)

https://saharareporters.com/2023/06/06/nigerian-billionaire-founder-tingo-group-dozy-mmobuosi-accused-brazen-fraud-lying-about

フォトショで作ったTingo Airlineのローンチ発表写真。同社のロゴマークである鳥の絵もいい感じについていて、フォトショが上手です(*3)

https://saharareporters.com/2023/06/06/nigerian-billionaire-founder-tingo-group-dozy-mmobuosi-accused-brazen-fraud-lying-about

監査法人にも意見をだされ、絶対絶命のように見えるTingoですが、指摘に対して全部ウソだと全否定しており、White & Caseを雇って後日反論するとしています。

上場企業ですから、虚偽の発表や会計不正・不備は指摘の対象ですが、それ以前に「事業の実態がないのではないか」という疑いが致命的です。

しかし正直なところ、いうほど驚いていない自分がいます。事業の実態がほぼないまま巨額の調達をした企業やスタートアップを、アフリカで見たことがないわけではないからです。

小規模農家向けのデジタル事業のように人気の領域はとくに、資金も集まりやすいため、玉石混交になりがちです。

ところで疑惑が報じられたあと、ナイジェリアの全国農業組合であるAll Farmers Association of Nigeria (AFAN)が、「Tingoのプラットフォームには推定1,100万農家が加盟しており、Tingo Mobileのスマートフォンや決済アプリを日常的に使用している」と擁護する発言したと報じられています。

しかし、AFANこそ、農家向けのローンや種子の貸付、農機のレンタルを行っているとして資金を調達し、事業を実施せずに流用している疑いが強く持たれている組織ですからね・・・(グル?)

実際は、こういった実態がない企業ほどプレゼンがうまくて、評判が良いことが多いのです。先日も、日本政府がお墨付きをして日本企業にお勧めしている評判のよいあるアフリカの企業を調べたら、不正と疑惑と誇張だらけでした。

「アフリカの小規模農家向けの事業」と聞いただけで、プロジェクトXの音楽が頭に流れて夢を感じてしまう人や、「アフリカでモバイル決済」と聞いただけで、リープフロッグだとわくわくしてしまう人は、要注意です。

もちろん、小規模農家向けのアグリテックやフィンテックでも、本当に事業を作っているアフリカのスタートアップも存在しています(どんなスタートアップがアフリカにいるのか、具体的な企業名、事業内容、調達の実態は以下の「スタートアップ白書」からどうぞ)

本物が生き残り、フェイクは消える健全な競争環境、投資環境が、アフリカの経済成長にとっては一丁目一番地であると思っています。Tingoが本物かフェイク、どちらなのかは、ひとまずTingoの反論も聞いてみてみてから判断したいとところですが、同社が主張している成果は、そのために奮闘して手に入れなければいけない資金、許認可、顧客、従業員教育、物流、ノウハウという「実商売のにおい」に欠けているとは思います。

追記(2023年11月17日):
その後Tingoは、自社HPに反論を掲載したのですが、証拠を示さずに否定だけする内容で、かつ実施すると言っていた弁護士事務所を入れた第三者評価の結果は公開されていませんでいた。そして本日、ナスダックが今月末(11月28日)で取引を一時停止するというニュース。ヒンデンブルグのレポートのあと、Tingoにとって有益な情報はでてきておらず、疑いは深まるばかりです。

さらに追記(2023年12月19日)
SECが、インサイダー取引、虚偽の報告、内部統制違反などにより、Tingoを起訴しました。こちらに第二弾の記事を書いています。

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なお、アフリカの現地企業の信用調査情報を入手するのはとても困難です。信用調査レポートもなくはないのですが、内容が正しくなかったり大きく欠けていることが多く使えません。よって、ある企業の情報を得たいときは個別に調査を行う必要があります。

弊社はアフリカの現地企業のデューデリジェンスの他、デューデリジェンスをするほどでもない最初の段階の信用調査の依頼を受けています。ヒンデンブルグリサーチほどではないですが、比較的得意な分野ですので、気になる企業がある方はお問い合わせください。


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