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「分散投資」という視点から働き方を考える


1 投資に触れる――新NISAの開始

2024年1月から、新しい「少額投資非課税制度」――いわゆる新NISA――が始まった。それに伴い、証券会社で口座を開設し、投資を始めた人も多いのではないかと思う。

世間で新NISAが話題となっていたこともあって、少しずつではあるが投資に関する本や記事などを読み始めた。論者によって主張は異なるものの、「分散投資」という方針を推奨している点は共通している。一つの企業の株だけではなく、複数の企業の株を持つ。一つの国・地域の株だけではなく、複数の国・地域の株を持つ。株式だけではなく、債券も持つ、といった具合である。

投資に関する記事や本であるから、そこで言われている「分散投資」は飽くまでも、資産形成をする上での戦略として論じられている。けれどもこの「分散投資」という考え方は、働き方の設計にも応用できるのではないかと思われた。

2 「分散投資」という視点から導かれる働き方

「分散投資」という言葉は、「収入源の多角化」と言い換えられる。手元にある資金を一つのものに投資するのではなく、複数のものに分散させることで、安定感を確保しようとする試みである。そうしておけば、投資先の一つで損失が出たとしても、他の投資先から得られた利益が損失分を相殺してくれる。それぞれの投資先にどの程度の資金を配分するかは、自分の経済状況やリスク許容度の変化を踏まえて、適宜調整するのである。

この考え方に基づいて働き方を設計するならば、複数の仕事を行い、それぞれから収入を得る、という方針を導き出せる。取り組む仕事それぞれにどの程度の力を割くか、またそれぞれにおいてどのような方法を採るかは、自身の体力や年齢や許容できる業務量などの変化を踏まえて、適宜調整していくことになる。

3 「週5日勤務の疲れが、2日の休みでとれるわけないだろ」という言葉について

もっとも、そうした働き方ができるかどうかは、労働者一人一人の置かれている状況によって異なる。現状においては、副業をしている労働者は少しずつ増えているものの、一つの仕事で生計を立てている労働者の方が、依然として多数派ではないかと思われる。そこで試みに、多数派と思われる働き方について考えてみる。その場合に問題となるのは、従事している仕事にどれだけの時間が配分されているのか、ということであろう。

「分散投資」の視点から、労働者の置かれている状況について考える時、「週5日勤務の疲れが、2日の休みでとれるわけないだろ」という言葉は示唆的である。この言葉からは二つの事情が読み取れる。第一に、労働者は慢性的な疲労状態にある。第二に、その原因は、仕事に充てられた時間が多いことである、と理解されている。

ここで注目したいのは、第二の事情である。ある労働者の勤務条件を、9時に勤務開始、12時〜13時に昼休憩、13時〜18時まで勤務して定時を迎えるものと仮定する(この8時間勤務が週5日あるとする)。定時で職場を後にすることができた場合、労働者には日付が変わるまでに6時間が残されている。この時点ですでに、労働者に残された時間が、勤務に充てられた時間数よりも少ない。

そして労働者は、残された6時間の全てを自由に使うことはできない。帰宅するのにかかる時間や、家事などに費やす時間が差し引かれるからである。また、帰宅した頃には体力も減っているため、自分のやりたいことに取り組むのは一苦労である。残業が必要な状況になれば、労働者が自由に使える時間は更に少なくなる(寝る時間を減らせば、時間を捻出することはできるけれども、それは健康によくない)。

その結果として、一日の時間の多くが仕事に持っていかれているという、例の理解が導かれる。時間を元手の資金に喩えるならば、その殆どを一気に投資に回したような状況として、労働者に認識されていると言えよう。

4 1日の大半が仕事に費やされていることのリスク

労働者をして、一日の時間の多くが仕事に持っていかれていると思わせる状況には、どのようなリスクがあるのだろうか。それを考えるには、暴落が起きた場合を想像するとよいだろう。

元手の全額を投資に回している場合、買っている金融商品の価格が半分まで下落すると、自分の資産全体の評価額も半分になってしまう。それに対し、資産の半分を現金の形で持ち、残る半分を投資に回している場合であれば、金融商品の価格が半分まで下落しても、資産全体の評価額は暴落前の75パーセントを維持できる。この二つの場合を比べるならば、前者の方が狼狽売りしてしまう可能性は高いに違いない。

これと同じようなことが、労働者についても言えるのではないだろうか。すなわち、1日の内の多くを占めている仕事で被ったダメージが、労働者の生活全体を大きく揺さぶってしまうのである。

そうしたリスクが現実化し易いタイミングは、少なくとも二つあると思われる。

一つは、仕事に慣れていない新規職員の頃である。この時期は仕事のノウハウだけでなく、職場における「当たり前」を把握していかなければならない。そのため、色々と不安を感じることが多く、体力的にも精神的にも疲労が溜まる。実際に従事する仕事が、期待していたものと違うことを目の当たりにして、失望感を抱くこともある。そうした負荷が積み重なった結果、自分の趣味などを楽しむ余裕がなくなり、生き甲斐を感じられなくなってしまう人が出てくるのだと考えられる。

そしてもう一つのタイミングは、定年を迎えて退職した直後である。世の中には、定年退職を迎えた途端に、気力を失ってしまう人がいる。このような事態に陥り易いのは、いわゆるワーカーホリックのような状態だった人であろう。職場と自己を一体化させ、職場にしか居場所がない生活を数十年にわたって続けた結果、職場から出ていくことになった瞬間に、自分の居場所そのものを失ってしまうという構図である。これもまた、1日の内の多くが仕事に回されていることのリスクだと言える。

5  まとめ

ここまで、「分散投資」の視点に立って、週5日・1日8時間労働という働き方について考えてきた。もっとも、上に論じたようなリスクは、複数の仕事をかけ持ちする場合にも存在するに違いない。家庭を持つ労働者は、更に事情が複雑になるはずである。「週休3日制」の導入如何も含めて、私生活と労働とのバランスをどう取るかについては、今後も模索が続くのだろう。

いずれにしても、値動きの異なる金融商品を持つことで暴落に備えるように、異なるタイプの活動を生活の中に配置することが、人生のしなやかさを高めると考えられる。それが実現すれば、ある活動で得た気づきが、停滞気味だった別の活動を活性化させることも、今以上に期待できると思われる。

堅実な投資の手法からは、まだまだ多くのことが学べるのではないか。この記事を書きながら、そんな風に思った。




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