二人の祖母とひとりごと

父方の祖母は自分の夢のため、
子どもたちを親戚に預けた。
なので、父は母親の愛情を知らない。

母方の祖母は幼少期に母親を亡くし、
我が子に過保護だった。
だから、母は人並みの苦労を知らない。

二人の祖母はそれぞれが別の場所にある、
門前町で生まれ、大正時代の人でありながら
野良仕事を経験せず、時代の割に高学歴だ。
いわゆる「お嬢様」だった。

そんな祖母を持つ私は元ヤンにしか見られない。

二人の祖母は顔立ちが違えど、共通点があり、
近寄り難い、厳かな雰囲気に包まれていた。
気品を超越し、少し怖かった。

どちらも気が強く、一筋縄ではいかない、
お嬢様育ちとかけ離れていた。
人見知りで気が弱い私は、隔世遺伝を信じない。

父方の祖母は「努力」が実り、
お陰様で祖母が創設した組織は今でも順調だ。
祖母が育てなかった息子たちは、
長男を除き、おじと父が他界した。

父方の祖母は、
組織の繁栄だけを願っていたのだろうか。
私にはそんな気がしてならない。

母方の祖母は専業主婦で、
うちの母も長い間、専業主婦だった。
蝶よ、花よ、と育てられた母は世間知らずで、
思考がのんびりしているせいか、人に優しい。

母方の祖母は、自分が受けなかった愛情を、
子どもたちに注ぎ、満足していたのだろうか。
母が私に与えた「自由」は、
母が隠した息苦しさの代償にしか思えない。


他人の生き方に正誤はつけられない。

私というポンコツは、
二人の祖母を思い出すたび、
自分の存在価値を見出せずにいる。

それは私が、
何ひとつとしてこの世に生まれた「かたち」を
残してないからだ。
これから歩む道、せめて「轍」を残したい。

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ご覧になってくださった皆さまへ

今日までの間
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お陰様で、なんとか僅かですが
文章や書き方に修正ができました

まだまだ皆さまに追いつくことができませんが
これからも今まで同様
よろしくお願い申し上げます