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うたは井之頭恩寵公園でつくられる。大地は今も揺れ続けている。前編 レター8

2020年4月26日日曜日 6:23 

携帯の目覚ましで僕は目覚める。まだ体は完全に目覚めて切っていないが、僕は眠りたい欲望を振り切り、起き上がる。トイレで排尿したあと、シャワーを浴び、血流をよくして体へ目覚めを促す。

1センチぐらいに伸びている無精ヒゲを切れ味の悪いカミソリで剃り、白髪になった鼻毛の数をかぞえてから、念入りに根本から使い込まれたハサミでカットする。凝固し始めているワックスを人差し指でとり、かさついている手のひらで伸ばしてから薄くなり始めた髪を掻揚ると、僕は長年愛用している黒のスキニーパンツとほころびかけている厚手の白いシャツをクローゼットの奥から引っ張り出して着る。最後に3年前にネットで購入した紺色の薄手のダウンを羽織る。

朝食は、昨晩の残りもののサーモンとハマチの刺身をごはんの上にのせて、賞味期限が昨晩だった納豆をのせる。生卵と刻み海苔をのせて、濃い口しょうゆをかけたあと、白ゴマをふりかける。それをゆっくりと時間をかけて僕は咀嚼する。それから僕は、収穫したてのレンコンの土を洗い流すように、一本一本念入りに歯を磨いた後、プーマの使い古したランニングシューズを履いて、家をでる。共用廊下からは、雪におおわれ真っ白な富士山が驚くほどくっきりと見ることができた。雲一つもない真っ青な空だったからか、その富士山は白いペンキであとから塗ったものじゃないかと思えるほどの稜線をしていた。7:44

吉祥寺に向かって僕は歩いていた。井之頭公園で自然の木々に囲まれながら、ベンチに腰掛けて過ごしたかった。いつ振りだろうか、公園に一人で出かけるなんて。僕はできるだけこれまで歩いたことのないルートを注意しながら選択した。吉祥寺に近づくごとに一戸建ての敷地は大きくなり、その分、ゆとりのある瀟洒な家が現れた。瀟洒な家にはよく手入れの行き届いた木々や花壇がならんでいて、自然といろんな色が視界に入っては通り過ぎて行った。時折、風がその甘い香りや、青空をさえずりながら飛び回る小鳥の声を運んできてくれた。

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 ただ、時折、傾きかけた古い家に出くわすことがあった。アンティークでもなく、ヴィンテージよりも、デットストックという言い方のほうがしっくりくるぐらいの古い家だ。そんな家をみると僕は自然と敷地の大きさや、隣地境界線が守られているか、接道の状況に斜線制限について考え、新しく建て替えた場合の間取りを想像する。次に頭の中に近辺の地図を思い浮かべ、駅までの導線や買い物便、小学校までの道程をたどった後、この辺の中古や新築の相場を検索し確認する。そして思いを巡らすのだ、さあ、出口(※購入者)は誰かなと。だから井之頭恩寵公園に到着した時には、周辺の相場観とターゲット層のイメージがついていた。僕はそれを振り払うように腕を回し、首をふった。まったく。なんてこった。8:49

緑に囲まれて落ち着いたベンチをみつけ、僕はノートをひっぱりだした。それからふと思い立って、ベンチの椅子に手をかけ、腕立て伏せを40回とベンチに座って腹筋を50回、背筋を50回行ってから、MOAIからの本?を読み始めた。心地いい痛みとドクッ、ドクッという血液が流れるのが感じられた。

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 MOAIがくれた「本」?について        

      タイトル 【才能と情熱を開花させる】   

≪個人の延長にマネージメントはない 鎖につながれた象≫
まず知らなければならないことがある。「マネージメント」と「個人」はまったく異なるものである。優秀な選手が優秀な監督になれない、といわれるように、個人の延長線上にマネージメントがあるわけではない。逆に言えば、マネージメントができる人が個人の成績をだす人であるわけではない。

だから前述したように、個人の延長線上にマネージメントがあると思い込んでいる優秀な個人が、「マネージメントの穴」に陥りやすいのだ。自らのやり方が正しいと信じ込み、固執してしまうのだ。この本質をわからない限り「マネージメントの穴」から抜け出せない。そしてこれは優秀な人材である人ほど、陥りやすく、また抜け出せない穴だ。

優秀ではないと思っている人間は、自分の手段が完璧でないことを知っている。だから、幸いにも「マネージメントの穴」には落ちにくい。

では、「マネージメントの穴」に陥るとはどう言うことなのか。それは「才能と能力に制限をかける」ということである。

【鎖につながれた象】(ホルヘ・ブカイ著)。
サーカスにいるとても力の強い象。巨大な象はサーカスから逃げ出さない。サーカスが好きだからではない。鎖につながれているからだ。

象はちっぽけな杭につながれた鎖につながれている。全力でなくていい。ほんの少し力を籠めるだけでいい。それでも巨大な象は決して破壊して逃げ出さない。むしろ卵を割らないようにやさしく抱えるのと同じようにおとなしく従っている。

象はとても悲しそうな眼をしている。このちっぽけな杭につながれた鎖があるから逃げだせないんだ、と訴えるような眼だ。

なぜ、巨大な象は逃げ出さずに、ちっぽけな杭につながれた鎖を破壊しないのか。

それは、象がまだとても小さな力しか持たない小象だったときが原因である。小象だった当時、ちっぽけな杭につながれた鎖から何度も繰り返し逃れようとしたが、その都度、失敗を繰り返し、いつしかあきらめてしまった。

象は知らない。今の自分の力を。象は“思い込んでいる”。疑うことさえしない。このちっぽけな杭につながれた鎖からは決して逃げ出すことはできない、と。これが限界を定めてしまった象の話だ。

これと同じように、「マネージメントの穴」とは、メンバーに「才能と能力に制限をかける」ことだと認識してほしい。そしてそんなマネージャーは不要である。

世の中はさらに加速し変化する。そのスピードから振り落とされないためにも、「才能と能力を解放させ」ることができる、ほんとうに優秀なマネージャーが求められている。

鎖を解き放ち、世の中へ自由に駆け出すことを教える。すでに象にはその力が蓄えられているのだと、気づかせるよう導く。

サーカスの中で仕込まれた演出だけではもう、誰からも相手にされない時代が来ていることを教えるのだ。

それがほんとうの優秀なマネージャーである。

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地震だ、と気がついたのはしばらく揺れが続いてからだった。周りには犬の散歩をしている人や、子供と散歩している人、ランニングしている人たちがいたが、いま、揺れていることを知っているのは僕だけだった。

ドドドッ、とかドンッ、という音もなく静かに、それでも確実に揺れていた。地震だ、と気が付いたのは本能でだった。本能が危機を察知して、背筋がぞくっとして、ざわっと鳥肌が立った。それから意識的にいま揺れている、と認識した。認識したと同時に僕の心臓はタイヤが破裂したように強烈な音をたて、鼓動をうった。

収まったあとも僕の鼓動はしばらく激しくうっていた。目の前を老夫婦が互いに手をつないで、転ばないように慎重に少しづつ歩いていた。僕はしばらく眺めてから、地震速報を調べて、twitterで共有する。すぐにリツイートされる。

地震

空を見上げると、刷毛ではいたような雲がいつのまにか空全体に広がっていた。その中に、まるで綿あめの棒のようにまっすぐとひかれた一筋の飛行機雲がかかっていた。心地よい鳴き方をする2羽のスズメぐらいの鳥が、近くの木から飛び出すと、空に円を描いて、もといた場所に戻ってきた。そこに妖精のMOAIが、腕を枕に横になり眠っていた。

「いつからいた?」と僕は言う。「地震きがついたか?」

眠そうな声でMOAIが言う。「じ、地震があった。ゆ、揺れた。グラとグラ――」

「グラとグリな。娘の絵本なんだから盗むなよ」と注意しておく。「それにしても最近多いな、地震。よくゆれてる」

「揺れている。ず、ずっと揺れ続けてる」とMOAIは言う。それから2羽の小さな鳥と話しているのか、身振り手振りでやり取りをしている。しばらくして、2羽の鳥が飛び立つと、MOAIが話し始めた。「と、とりさんが、た、大切なものを落とした。ば、場所は見つかったけど。じ、地震のせいで落としたんだ、と言っている」僕は、だったらすぐ取りに行けば?というと、今はまだ無理だ、という。

「なぜ」

「なんていえば、い、いいか。ただ今はまだ無理な、なんだ」

「大切なものなのか」

「まあ、と、とりさんにとってとてもな」

「残念だな。手伝おうか?」

MOAIはしばらく考えてから「い、いや、ま、まだいい」と言う。「も、もう少しま、待ってみるよ」。

僕は、MOAIにこれから井之頭の池の方に向かうけど、MOAIも行くか?というと、ああ、そうする、と言って僕の後ろからとぼとぼとついてきた。飛ばないのか?というと、疲れるんだ。長く飛ぶと、と言うので、僕の肩とかにのるか?と尋ねた。いや、今はやめとくよ。ありがたいんだけどね、といつもより優しい口調で話してくる。気持ち悪くなって、僕はそのまま無言で歩いて行った。MOAIも無言で後ろからとぼとぼと歩いてくる。急ぐ理由もないので僕は歩調を抑えてゆっくり歩く。MOAIは助かるよ、と言って礼を述べる。変な奴だ……。

「うたは井之頭恩寵公園でつくられる。大地は今も揺れ続けている。 後編 レター8」へつづく








 


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