誰もが物語の主人公や
「誰もが物語の主人公や」
彼は自分の言葉で語れ、と言う。彼はそのことはとても大切だ、と言ってことあるごとに繰り返す。
いつもの居酒屋で、口癖ですね、と僕は言った。
彼は、大切なことやからな、と返事をする。「みんな俺がかかわる子達は否定された子ばかりやった。」
彼はそこで僕に言葉をぶつける。「成績がでえへんと、そいつらは人としてもあかんやつと言われる。」
片手でジョッキを持ち上げ、一気に飲み干す。僕はすぐに新しいジョッキを注文する。彼はありがとう、と言い、僕はいえ、と答える。それからまた話始める。
「だから、成績を出させるためという大義で、考え方とか行動を否定し無理やり矯正しようとする。言いたくないけど仕事やから、と言って細かく管理する。」
ええ、それがスタンダードですね。
「褒めるときは、数字がでたとき。」
僕はビールを飲む。それから頷く。
「だから、指導された子達は、数字を上げることに必死になる。」
彼はきゅうりをポリポリと音を立て食べると、ハイボールを一口飲む。
「でも結局ココロが追い付かずに壊れる。何のために働くのかわからなくなる。なにが楽しいのかわからなくなる。
わかるのは、ただ怒られないように願っている自分がいるということだけ。」
僕は、つらいですねと言う。
「ああ、自分という存在を否定することほど辛いことはない。これまでの時間がすべて無駄に思える。
知ってるか。人が立ち止まるんは、明日に希望がなくなったときや。」
ハイボールを飲む。喉をグビグビならす。
「それはちゃうやん。そんなんおかしいやん。思わんか。」
僕は、おかしい気がしますね、と答える。
「数字が上がらないのはほんまに、その子の考え方か? 行動か? 原因はほんまにそうなんか。
かりにそうであっと仮定しようや。でも、自分を否定せなあかんほどにか。俺はちゃう。そんなん思わん。
だから、やりかたを反対で証明したろって思った。彼らの考えや行動とかを矯正することに注力することやない。管理することやない。
そんなことよりも、彼らがなにしたいんかを思いっきり共感しようって決めたんや。」
何したいか。
「そうや。俺はな、信じたんや。誰でも数字出せるって。どんな過去持っててもや。
だから、なにをしたいか、なんでこの仕事してるんか、どうなれば楽しいと感じられるか、どんなふうに周りからみられたいか、いずれ成長したら後輩たちになんて話したいとか、なぜそんなにすごいんですかって聞かれたらなんて答える、とか。
わかるかな、いろんな角度からその子の未来を掘り下げんねん。
そしたらな、みんないろんな言葉つかって楽しそうに話すねん。ちょっと聞いてくれって。」
僕は静かに頷く。
「しばらくしたら、みんな明日を楽しみよるんや。明日はもっと成長できる、明日はこれをやろう、って。
笑えるやろ。勝手に行動も考え方もかわんねん。で、結果が出る。」
笑えますね。教え込もうとしたら駄目で。いろんな角度から引き出したら勝手にやるって。
「人としてあかんから結果でえへんとか、考え方を矯正したりとか、管理するとか、そんなん全部まやかしや。」
それから、彼はいつもの口癖で前置きをする。
「エエかぁ、育てるというのも正解ではないで。引き出すんや。みんなそれぞれ持っとるもんはちゃう。
コンプレックスなんか気がついたら武器になる。その子の個性になる。
それを俺は知っとるから全力で支援する。
みんなそれぞれの物語がある。その物語はそれぞれの言葉で語られるんや。俺でもないしキミでもあらへん。彼ら自身の言葉で語られんねん。」
そして彼は言う。
「誰もが物語の主人公や」と。
余談
僕はあるとき、彼がこれまでに関わった子達のことを話すとき、かわった紹介の仕方をすることに気がついた。
ああ、あの子は感謝を誰より大切にしてるから云々
あの子はやなぁ、日々の努力で負けないって証明するって決めとうから云々。
あの子なぁ。チャレンジし続ける、それが目指す道って言ってるから云々。
彼はそうやって、彼らのココロを紹介していた。
※彼については同マガジンの「#1 語れる言葉を持っているか」をご覧ください。
※僕が彼のことを書く理由や僕の現状については同マガジン内の「不完全なことば」をご覧ください。
よろしくお願いします!