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はたらくってなんだろう?

 ある冬の日の朝、月曜日。僕は目を覚まし薄暗い中をベッドから抜け出す。
 寝ぼけ眼で、鏡の前に立つ。髪はボサボサでまぶたはむくんでいる。
 とても爽やかな朝とはいいがたい。
 肌を刺すような冷たい水で顔を洗うと少しスッキリする。シェービングクリームを顔に塗りたくり、ゆっくりと髭を剃る。
 出発時間まで、あと1時間ある。
 キッチンでお湯を沸かし、コーヒーを入れ、トーストにバナナとヨーグルトを食べる。
 30代中盤を迎えた一人暮らしの僕の変わらない日常生活がまた始まる。
 月曜日の朝は物憂い人生の時間の始まりだ。

 正直言って、今の仕事が好きなわけじゃあない。人と話すのが苦手な僕は、出来ることなら一日中部屋にこもって、本を読んだり、ものを書いたりして暮らしたい。それでお金になるなら最高なんだけど。
 理想の暮らしは作家の村上春樹さん。
 朝起きて朝食を食べ、午前中執筆をしてから、ランニングして、その後は本を読んだり、音楽を聴いたりして過ごす。そんな1日の繰り返し。文壇とも距離を置いて、ストレスの溜まらない生活。春樹さんの生活パターンをエッセイで読むと、ほんとにいいなと思う。
 でも、春樹さんみたいな才能のない僕は、会社にしがみついて生きていくしかない。

 10年前、今の会社に就職した僕を、会社はよりによって営業部に配属した。
 「まじかよ」
 僕は自分の未来に絶望を感じた。
 営業先に飛び込むときは吐き気に襲われ、身体全体的が憂鬱な気で満たされるのを感じながら、思い切って、ドアを開ける。
 ほとんどの営業先に断られながらも、中には温かい言葉をかけてくれたり、注文をしてくれる担当者もいてくださる。
 そんなとき、僕の心はほんの少しだけ、温かい気持ちで満たされる。
 
 さぁ、また一週間の始まりだ。生きていくためには働くしかない。
 スーツに着替えて、靴を履き、玄関を出る。ネクタイに首を締め付けられるのを感じながら、地下鉄の駅へと向かう。
 満員電車に押し込まれ、そして掃き出され、決まった道順で会社へ向かう。
 単調な毎日の単調な繰り返し。これが勤め人の人生だ。
 毎月決まった給料を貰える安定を選択したことの代償だ。
 村上春樹さんの人生は魅力的だが、そこにはペン一本で生きていくことを覚悟し、リスクを取る勇気がある。
 僕にはそんな勇気も才能もない。
 だから、ぼくはこの会社に就職したんだと、そう思っていた。

 その日は、新しい営業部長が異動して来られる日だった。

「皆さんには、結果のみを求めます。そこへ至るプロセスは問いません。とにかく結果を重視します。成功へのプロセスは自由ですが、ヒントだけ差し上げます。
1 物事はシンプルに考えること
2 お客様の話を傾聴し、それから自分の考えを述べること
3 自分自身を大切にすること
以上」

 これが新しい営業部長の就任挨拶のすべてだった。
 僕はこれまで、自分の仕事について深く考えてみることがなかった。ただ、生活のために身を削って働いていると思っていた。
 僕の会社にも営業という仕事をこんなふうに語る人がいるんだということが印象的だった。

 自分なりに考えてみた。
 人と話すのは苦手だけど、人の話を聞かせてもらうと思えば、少し気持ちが楽になるかもしれない。
 そんなふうにシンプルに考えて自分を大事にしながら仕事をしてみようと思えた。

 実際に、いろんな会社や個人営業主の皆さんから話を聞いてみるといろんな人生があることが分かった。
 ある人は今の自分の仕事=研究を天職と考え、人生をかけて没頭していた。
 ある人は、僕と同じように生活のためと割り切って、ドライに仕事に向き合っていた。
 また、ある人は、病気の家族を介護し自分も鬱と闘いながら、必死で仕事をされていた。

 いろんな人生、いろんな働き方がある。
 僕は何のために働いているんだろう。
 その答えは簡単には見つからない。
 一生見つからないかもしれない。
 でも、人生の岐路に立つたびに自分なりの選択をしてきた結果が今の僕だ。
 そうシンプルに考えて、働き続けるのも悪くない。

 そんなことを考えながら、仕事をしていたら、最近、営業成績が少しずつ上がってきた、ような気がする。

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