「清少納言を求めて、フィンランドから京都へ」~11月後半の読書記録
ずっと読みたいと思っていた本をやっと読むことができました。
「清少納言を求めて、フィンランドから京都へ」はフィンランドで編集者として働いていたミア・カンキマキさんが、会社の休暇制度を使って「清少納言」の研究のために日本へ訪れた時のことを綴った、長編物語のようなドキュメンタリーエッセイです。500ページ近くあります。
フィンランドには「長期休暇制度」なるものがあり、一定期間同じ職場に勤務すると一年間の休暇を取得できるそうです。しかも、休暇の間は手当が支給され、会社は代用として失業者を雇い入れることができ、さらに休暇の使途に制限がないとか。
この制度については本書の中で触れられており、その福利厚生の手厚さに驚きましたが、その休暇を「日本にきて清少納言研究に充てる!」という、著者の突拍子のなさや純粋さにとてつもなくワクワクさせられ、それがこの本の魅力を深めていると思います。彼女は、清少納言のことを作中で「セイ」と女友達のように呼びかけながらすすみます。
全文読み終えた後、この本について感想を述べることはとても難しいです。
読んでいて特にはっとしたところは、紫式部とヴァージニア・ウルフが登場するところ。
著者は清少納言について調べていく旅の途中で「ヴァージニア・ウルフが、アーサー・ウェイリー訳の源氏物語を読み、それを称賛する書評を『ヴォーグ』に寄せたこと」と「ヴァージニア・ウルフが紫式部という存在を西洋の人々に周知した」という事実を知ります。
私の話になりますが、小学生のころに、まんがで読む古典「枕草子」を読んで、清少納言の感性の豊かさに、きゅん、としたことがありました。
中学校では、あの有名な「春はあけぼの」の章段を授業で扱うかな…?と思って楽しみにしていたのですが、当時使っていた教科書には枕草子は掲載されておらず、進んだ高校でも枕草子を扱いませんでした(徒然草は何段かやりました…多分。でも教訓めいた話が多くて、説教されているような気がして私の感性にフィットしませんでした)。
そして、その頃から薄々、随筆(エッセイ)って文学の位置付け的にあまり重きを置かれていないのかな…と感じ始めていました。
そのあと進んだ学校でも「源氏物語」についての講義はありましたが「枕草子」だけの講義はなく「日記、紀行文」という講義にまとめられていたような気がします。枕草子は、結局学生時代に日本語訳の文庫を読んだだけで終わっていました。それ以上は深められなかった。
この「清少納言を求めて、フィンランドから京都へ」は、枕草子を読んでドキドキしていた幼い自分を思い出したことと、「それにしてもなぜ、海外からくる理由が紫式部ではなくて清少納言?」と素直に思ったことです。日本でも端役なのに、海外で知られているわけないじゃない、と。
『脱ぐこと、纏うこと』の章を読み終えたあとの清々しさ、著者がそのあとの人生でする選択には、こちらがほれぼれするような力強さを感じます。
そして、この本の訳者、末延弘子さんの解説も、ものすごくよかったので引用させていただきます。
清少納言が仕えていた中宮定子の一族が迎える悲運、そのあとの没落について、歴史に興味のある方や平安文学が好きな方ならご存じだと思いますので割愛しますが、枕草子が書かれた意図は「華やかだった定子のサロン」を後世まで残したかった一方、そのためにあえて「書か(書け)なかった」こともあったのではないか、と推察されています。
私は、noteや公募用の文章を書いている時「仕事でもないのになぜ書いているのか」「書いたあとすごく疲れるのにどうして書くのか」「そのために時間を割くことが大事なのか」「お金になることをもっとやるべきではないのか」「なのに書くことについて考えている時間とこの鎮まらない気持ちはなんなのか」という疑問が行ったり来たりします。
実際に公募用のエッセイを書き始めると、ものすごく、体力を持っていかれます。
エッセイって、軽くかけるもんじゃない、本当に…。
今回の記事は、納得のいく形で、この本の感想文をまとめられませんでした。良い本で、読めて良かったことは間違いないです。
今月、公募用にエッセイを2本投稿したので、だいぶパワーを持っていかれました。ちょっと疲れも出てますかね。ほどほどにやります。
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