Voy.6【これイチ】使い道は2つ?北極海航路の利用目的
【これイチ】『北極海航路の教科書』シリーズ **第6航海**
素通りでもOK!北極海航路
船の仕事は、貨物や人を目的地まで運ぶことだ。出発地の港を「仕出港(Port of Origin)」、目的地の港を「仕向港(Port of Destination)」という。そして、その両地点間の航行を「航海(Voyage)」という。
仕出港と仕向港が異なる多国間の航海であれば「国際航海(International Voyage)」、同じ国内での航海であれば「内航(Domestic Voyage)」となる。
商船や旅客船、研究・観測船など、それぞれの船舶の存在目的に応じて運用形態も異なり、それぞれに運航形態の呼び名がある。
北極海航路にも、船舶の運航形態や輸送貨物の違いから、航路の利用目的は様々であり、それぞれに呼び名がある。
本航海では、航路の利用目的の違いを表す用語を解説したい。以下の2つだ。
デスティネーション・シッピング(Destination Shipping)
トランジット・シッピング(Transit Shipping)
カタカナ表記だとダサく見えるので、本航海では特別に英語表記で統一させて頂きます。
Destination Shippingは、仕出港または仕向港が北極海航路の範囲内にある航行のことだ。国際航海でも内航でも、仕向港または仕出港のどちらかが北極海航路内の港であればDestination Shippingとなる。
もしかしたら、一体どんな船が北極圏に向かうのか?とギモンに思われるかもしれないが、実は北極海航路がある北極圏は、石油や天然ガス、石炭、鉄鉱石、ニッケルなどのエネルギーや鉱物資源の宝庫なのである。
特に石油・天然ガスでのポテンシャルが高い。
2008年の⽶国地質調査所(United States Geological Survey)の調査報告書によれば、地球全体の「未開発」の石油および天然ガスのうち、石油では13%、天然ガスではなんと30%もの資源が、北極圏の地下に眠っているというのだ。
ロシアは貿易総額における資源輸出への依存度が高く、これらの資源を海外へ輸出することで財政を支えてきた。
2021年の輸送統計を見ると、北極海航路を経由して輸送された貨物量はそれぞれ、
天然ガスおよびコンデンセート:1,960万トン
原油および石油製品:770万トン
石炭:22万トン
鉄鉱石:4.7万トン
となっており、同2021年における北極海航路経由の総貨物量3,485万トンの8割を占める量となる(国内向けと輸出の両方を含む)。
今のところ、Destination Shippingの主な用途としては、これらエネルギー・鉱物資源の積み出しである。
一方、Transit Shippingは、北極海航路を「素通り」する航行のことだ。仕出港も仕向港も、北極海航路の外にある航海となる。
前航海でも解説した通り、北極海航路はアジアとヨーロッパを結ぶ最短ルートである。今のところ従来のスエズ運河を経由したルートと比べると、利用する船舶は著しく限定的ではあるものの、経済的な観点から北極海航路の利点を享受することができると判断された航海には、試験的にでも実用的にでも利用されてきている。
これまで実施された主なTransit Shippingの実例を見てみよう。
<実例1>
中国の海運会社コスコ・シッピング社(COSCO SHIPPING)は、2016年から毎年、Transit Shippingを積極的に実施している。同社の運航船は「一般貨物船」と呼ばれるクレーンを搭載した、いわば「(液体以外)なんでも運べる船」であるから、輸送する貨物は、エネルギー関連施設や発電、交通インフラなどの重工機械類から、飼料や穀物など多岐にわたる。
2017年9月には、同社の一般貨物船(Tian Le号)が北極海航路を経由した後に北海道の苫小牧港へ入港し、ヨーロッパで積み込まれた飼料を荷揚げした。
中国の「一帯一路」政策には、「氷上のシルクロード」と銘打った北極海航路の開発も含まれており、中国の海運会社はこれに寄与する形で、同航路の積極利用を進めていると思われる。
<実例2>
多数のコンテナ輸送船を運航するデンマークのマースク社(Mearsk)は、2018年に北極海航路を経由したコンテナ輸送を実施した。これは、北極海航路の知見を得るための「試験航海」であると同社は発表している。中国の造船所から就航したばかりのピカピカの貨物船は、そのまま極東側でコンテナを積み込み、8月下旬にベーリング海峡から北極海航路へ入り、9月上旬にヨーロッパ・バルト海へ到着した。同船は、バルト海での運航を想定されて建造されたため「耐氷船級」を有しており、この北極海航路での運航も支障なく完了したとされているが、同社によるTransit Shippingの「その後」についての言及は、いまのところ無い。
<実例3>
上の写真は、現在進行中(*2022年2月において)の世界最大級天然ガスプラント建設プロジェクト(Arctic 2 LNG Project)向けの大型モジュールを、ロシアのムルマンスク地方にある巨大建造施設へ輸送する特殊な貨物船である(写真:右の船がモジュール輸送船・左は原子力砕氷船)。
プラントモジュールは主に中国で建造され、そのままの姿で船に積み込まれて輸送される。
中国からはムルマンスクへ向かう海上ルートは、北極海航路ルートとスエズ運河ルートがあるが、冬季の海氷が厳しい時期でありながら、距離が短く、貨物船の耐氷性も高いことから、この航海では北極海航路ルートが採用された。
ムルマンスク港は北極海航路の定義上その範囲外であるため、一応「Transit Shipping」の定義に当てはまる。しかしながら、期待されている北極海航路のTransit Shippingの将来像は、あくまでもアジアとヨーロッパ間での定常的な貨物輸送であるから、このようなロシア向けの単発的なプロジェクト輸送が活況であっても、アジアとヨーロッパ間での海上物流網変革を促すきっかけには、なかなか繋がりにくいのが実情だ。
Destination Shippingは、そこに目的地がある以上、北極海航路を「使う」「使わない」という選択の問題ではない。
北極海航路の今後の課題は、北極海航路を素通りするTransit Shippingの利用価値をどう上げていくかということである。これにはアジアのなかで最も北極海航路の入り口に近い日本の関与も不可欠であろう。
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