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Voy.7【これイチ】数字で見よう!北極海航路の航行統計

【これイチ】『北極海航路の教科書』シリーズ **第7航海**


注目量増加のキッカケは何?

これまでの航海で「北極海航路が注目されてきている」とか「北極海航路の航行数が増えてきている」などと記してきたが、これは「ニワトリとタマゴ」のようなものかもしれない。
注目されてきたから、その優位性に気付いた船社が航行実績を重ねるようになったのか。航行数が増えてきたから注目されるようになったのか。どちらが起源になったのかは実際のところ、よくわからない。
こういう時(科学的に根拠を示せない時)は、数字を見て推測してみたい。

いつ頃から航行数が増えてきたのか?
そして、そのキッカケは何だろか?

北極海航路の貨物量の推移(重量トンベース)

上のグラフは、2012年から2021年までの10年間に、北極海航路を利用して輸送された貨物量(重量トン)を表している。
前航海でも解説した通り、「北極海航路の利用」方法には、Transit ShippingDestination Shippingの2種類があるが、この統計データは、その2つの輸送ルートが、どちらも含まれた貨物量を示している。

2012年には388万トン程しかなかった貨物量が、2021年には3,485万トンとなっており、この10年で10倍近く増加していることがわかる。
これだけの増加率であれば、確かに注目されるわけである。

しかしながら、この増加分はほとんどは、ある1つの貨物のみで占めている。

LNG」だ。

LNGとは「液化天然ガス(Liquefied Natural Gas)」のことだが、従来のエネルギー資源である石炭や石油などと比べると、燃焼時の二酸化炭素(CO2)の排出量が少ないため、将来の低炭素(さらにはゼロ炭素)時代に至るまでの間、トランジションエネルギー(=つなぎの資源)として消費量が拡大してきているエネルギーだ。
北極圏の天然ガスの埋蔵量は地球全体の30%近くを占めており、資源大国ロシア(実際の開発主導はロシアのガス会社)は、この天然ガスを液化して輸出するプロジェクトを次々と計画している。
2013年からは、ロシアの民間ガス会社ノバテックが主導する、ヤマル半島でのLNG開発が開始され、2017年12月にLNGの生産および輸出が開始された。その後、2019年までにLNGプラントがフル稼働している。

ヤマル半島のLNG生産基地(=LNGプラント)でのLNG生産能力は、設計上、年産550万トンx3系列であるため、合計1,650万トンであるが、場所が極寒の北極圏であるがために、実際には設計能力以上のLNGが生産されており、年間あたり1,800~1,900万トンのLNGが輸出されている。

上のグラフのうち、ヤマル半島でのLNG生産&輸出が開始された2017年と翌2018年の貨物量を見てみると、いきなり2倍近い上昇率となっていることがわかる。

なるほど、ここが転換期なわけだ。

確かに、2017年以前とLNG生産がフル稼働後の2019年以降の貨物量では、約2,000万トンほどの差があるが、LNGの量が年間1,900万トンであるから、増加分のほとんどがLNGであることがわかる。また、別の統計データを見ると2021年における貨物量全体の55%をLNGが占めていることがわかる。

2017年以前の貨物量についても少し触れておく。

ヤマル半島でのLNGプラントの建設は、2013年から開始されたが、建設当初は主に建設エリアの造成工事がほとんどである。砂利砂セメントなどの造成資材は近場から搬入できるため、輸送量の大きな増加要因にはなっていない。
翌年からは、海外サプライヤーからのプラント資機材の輸入が増え始めたため、2014年から2017年にかけては、毎年30%程度の上昇率となっている。

このLNGプラントに係わる貨物量を除けば、残りは原油や石油製品、石炭、鉄鉱石などで、2015年の数値でそれぞれ、

  • 石油・コンデンセート類:97万トン

  • 石炭:36万トン

  • 鉄鉱石:8万トン

  • その他(一般貨物・コンテナ・漁獲品など):約250万トン

となっている。

参考までに、世界全体でのここ数年における年間あたりの海上輸送量は、

110億トン(重量ベース)

失礼っ! 巨象とアリを戦わせてはいけない・・・


こちらが肝心!Transit Shipping

ここまでは、北極海航路全体における貨物量の数値を見てきた。繰り返しになるが、この数値にはTransit ShippingDestination Shippingの数値が混在している。

ところで、北極海航路の将来的な利用価値を高めるには、Transit Shippingの航行実績が増えていかなければ意味がない。Destination Shippingにとってみれば、北極海航路はオプションではなく問答無用の必須ルートであるからだ。

先程の2012年から2021年までの貨物量グラフは、Transit ShippingとDestination Shippingの混在であった為、そこからTransit Shippingの数値だけを切り出して比較してみると、

北極海航路における貨物量全体とトランジット貨物量の比較

すっ、少ない!

北極海航路のTransit Shippingの実績は、まだまだなのである。
しかしながら、増加傾向であることは事実である。Transit Shippingの数値だけでグラフにしてみよう。これにトランジット航行した船舶の隻数を同じくプロットしてみると、

北極海航路のトランジット貨物量と航行隻数

北極海航路がにわかに注目され始めた2010年以降、トランジット貨物量は一時的に増加した後にピークアウトしているが、2020年にはそれまでの最高記録(2012年の126万トン)を超えて持ち直し、翌2021年には過去最高の204万トンを記録している。

Transit Shippingの航行数は、1990年代から2010年までは、1桁台の数字でずっと低空飛行だったが、その当時から比較すれば、10年程で大きく成長したものである。
しかしながら、第6航海で解説した通り、このTransit Shippingには、ロシアの港間での国内輸送や、仕出港・仕向港のどちらかがロシアの港であっても、Transit Shippingの定義に当てはまるため、純粋にアジアとヨーロッパを結ぶ航海のみを抜き出せているわけではない。

ノルウェーのCenter for High North Logisticsによるデータ(下記URL参照)では、2021年の北極海航路のTransit Shipping 86航海のうち、ロシア港を仕出港としない国際航海の数を抜き出してみると53航海であり、そのうち25航海は中国の港が仕向港となっている。

こういった航行統計では、船舶の種類からある程度、貨物が何であるかを推測できる。例えばタンカーであれば石油製品、バルクキャリアなら石炭か鉄鉱石といったように。
2021年にかけて、北極海航路の国際航海のTransit Shippingが増えてきたのはグラフを見てわかった。しかし、これら53航海を実施した船舶のほとんどは、一般貨物船や重量物輸送船と呼ばれる「液体以外なんでも運べる船」であるため、一体どんな貨物が輸送されたのかはデータからは読み取れない。
ところが、それらの船舶を運航する各社のSNSや業界情報誌などから推測するに、これらの貨物は主に中国や台湾向けの機械類で、特に風力発電関係の設備の輸送が多いようである。
風力発電設備は、ヨーロッパのメーカーのシェアが高く、それらは重量物輸送船などのクレーンが搭載された船舶が必要不可欠なのである。

中国船により輸送される、風力発電設備(ブレードと呼ばれる風車のハネ部分)

ちなみに、先ほどのTransit Shippingのグラフに「航行隻数」を記したのは、この「航行」は必ずしも「貨物を輸送」する航海だけではないからである。貨物をどこかの港で揚げ終えた後に、また別の積み港まで「空荷」で航海する「バラスト航海」と呼ばれる航行数も含まれている。
北極海航路は、アジアもしくはヨーロッパ間の航海において、特にその優位性が発揮できるが、貨物輸送だけではなく、このバラスト航海の日数と燃料消費量を削減できることも、海運会社にとっては非常に魅力的なのである。

本航海の冒頭での「ニワトリとタマゴ」のギモンに対して、これまで見てきたデータから考察できることとしては、

  • ヤマル半島からのLNG出荷開始により、北極海航路の貨物量が倍増した

  • ロシアを除外したTransit Shippingの貨物量は、依然として少ないが増加傾向にある

これらのようなことが言える。


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