チョンちゃんの思い出
「チョンちゃんが来たぞ!」
どこからともなく、誰かが教えてくれて、僕らは、いつもの小さな公園に集まります。
小学校低学年のころです。
「チョンちゃん」とは、紙芝居のおじいちゃんのことです。
誰が名付けたのかは知りませんが、「チョンちゃん」と呼ばれていました。
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紙芝居は、当時としても、もう相当に珍しかったと思います。
チョンちゃんは、痩せたおじいちゃんでした。まるで、マンガに出てくる昭和のガリ勉学生のような、レンズが太くて丸い、黒縁メガネをかけていました。
いつも、鉄でできたとっても重そうな黒い自転車を、ゆっくりと漕いでいました。自転車の後ろの荷台には、大きな木箱が積んでありました。
チョンちゃんは、とってもゆっくりと登場するものだから、チョンちゃんが小さな公園に着いて、黒い自転車から降りるころには、もう、十数人の子どもたちが集まっていました。
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公園に着いたチョンちゃんは、まず、大きな木箱を組み立てます。
この木箱が、そのまま紙芝居の台になるのです。
僕らは、最初に、チョンちゃんの紙芝居を聴く必要がありました。
チョンちゃんの紙芝居は、はっきり言って、何を言っているのか、僕には、わかりませんでした。紙芝居の絵も気持ち悪くて、ちょっと怖くて、僕は、あまり見てもいませんでした。
たぶん、他のみんなもそうだったのだと思います。
でも、みんな、チョンちゃんの紙芝居ショーを静かに聴いていたのでした。
どうしてかというと、紙芝居が終わると、チョンちゃんからお菓子を買うことができたからです。
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チョンちゃんが売っていたお菓子は、「水飴」と「ソースせんべい」でした。
ソースせんべいの味は、「梅ジャム」と「オレンジジャム」を選ぶことができました。
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チョンちゃんは紙芝居が終わると、大きな木箱の引き出しを開け、お菓子をセットし始めます。
僕らは、待っていましたとばかりに、チョンちゃんの前に1列に並びます。
そして、僕たちは、1人1人、チョンちゃんとゲームをするのです。
ゲームの結果に応じて、もらえるお菓子の量が変わるというシステムでした。
チョンちゃんとのゲームは、1回、数十円だったと思います。
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ゲームの種類は、いくつかあるのですが、どれもシステムがよくわかりませんでした。
チョンちゃんは説明してくれないし、たぶん、チョンちゃんに聞いてもよくわからない。
だから、子ども同士で、チョンちゃんのゲームのルールをだんだんと理解していき、それが代々語り継がれていました。
初めてチョンちゃんとゲームをする子がいる場合は、ルールがわかっている子が、チョンちゃんに寄り添って、横で、その子にルールを教えてあげるのでした。
僕は、せんべいがもらえる、ルーレットをよくやりました。
ルーレットは、CDくらいの大きさの円盤のボール紙でできていて、ダーツの的のように、放射状に点数が書いてあります。円盤の中心には、直径1cmくらいの穴が空いています。
チョンちゃんは、その穴にボールペンを通して、そのボールペンを中心に、円盤を勢いよく回します。
僕は、勢いよく回っているルーレットを、親指と人差し指で上下につかんで止めるのです。そのとき、指でつまんだところのルーレットの点数に応じて、せんべいの枚数が決まります。
せんべい10枚を当てたら、チョンちゃんは引き出しからせんべいを10枚取り出して、それらを重ねます。1番上の1枚に、ジャムをたっぷりと塗って渡してくれるのです。
僕は、チョンちゃんのオレンジジャムが大好きでした。
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「あんな汚いおじいちゃんから、お菓子を買っては行けません。」と親に言われている友達もいました。
でも、せんべいもビニール袋から出してきて、ちゃんとしているものだったし、ジャムも変なものではなかったと思います。
たしかに、チョンちゃんの手は、少し汚かったかもしれないけど、実際に見て確かめてもいないのに、どうしてそんな勝手なことを言うんだろうと思っていました。
チョンちゃんは、紙芝居以外の場面では、なぜかほとんどしゃべらなかったけど、とっても、僕らにやさしい人でした。
お気持ちは誰かのサポートに使います。