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即興アベンジャーズ

先日、観光地にもなっている、大きめの公園を歩いていた時の話。

私の後ろで、大きな物音がしたので、振り返ると、男性が地面にうずくまっていた。

状況から推測するに、つまずいたか何かで転倒し、頭を地面にぶつけたようであった。

結構な音だったので、「大丈夫かいな?」と思いながら歩いて近づいていったのだが、

男性が上体を起こして地面から頭を離した瞬間、私は走っていた。


男性の額のあたりから、血が流れ落ちていたのを目の当たりにした。

「大丈夫?」

男性のそばで、しゃがみ込み私は声をかけた。

男性からは反応がなかったが、私は1つ気づいたことがあった。

「こいつ酒飲んどるな」

まだ明るい時間ではあったが、休日でお花見をしている人も見かけたので、昼飲みでもしてて、ふらついて転倒したが、酔いもあって、とっさに手が出なかったのだろう。

そしてアルコールの影響で、血が普段より出てしまったのだろうと考えた。

今度は改めて酔っ払いだと思って「大丈夫?」と声をかけた。

酔っ払いの気持ちはわかるので、先ほどよりは優しい声掛けになっていたと思う。

それでも反応が無く、傷口に目をやった時にもう1つ気づいたことがあった。

「こいつめちゃくちゃ鼻高いな」

衝撃音、転倒、流血、酒臭い、という衝撃続きで見落としていたのだが、


この男性は海外の方であった。

なるほど、それは日本語が通じないわけだ。

「大丈夫か?」

簡単な英語で聞き直した。

「うーん、大丈夫」

みたいなニュアンスで返してきたが、


大丈夫じゃなさそうであった。

血は止まっておらず、立ち上がるのも難しそうであった。

まず、血を止めないといけないなと考えたのだが、私は手ぶらで、何も持ち合わせてなかった。



「もし良かったら使ってください」

20代前半くらいの女性達が声をかけてきてくれた。

手にはポケットティッシュが握られており、女性にお礼を言って、男性にティッシュを渡して傷口を押さえるように伝えた。

だがすぐに立ちあがろうとし、傷口もろくに押えず、血はポタポタ地面に落ちていた。

「えーっと、大丈夫ですか?」

遠慮気味に30代くらいの女性が声をかけてくれた。

ティッシュは手に入れたとはいえ、血は止まらず、私の拙い英語ではコミュニケーションが取れていなかったので、

「あー、ちょっと大丈夫じゃないです」

それでも、

「どこの国の方ですか?」と聞いてきてくれて、

あー、国とか名前とか全く聞いてないと気がつき、

「全然聞けてないです」と答えると、

めちゃくちゃ流暢な英語で男性と会話を始めてくれた。


その方のおかげで、ヨーロッパの国から来ている方で、名前も判明した。

それでも相変わらず、傷口は押さえてくれなくって、血は止まっていない。

裂傷というか、裂けている感じの傷口だったので、挟むように止血した方がいいと以前聞いたことがあったのを思い出し、英語担当の女性に伝えてもらった。


すると次は、

「どないしたん?」

緊迫感からかけ離れた、関西弁でおばさんが声をかけてきた。

正直このタイミングで、英語問題は解決しており、ティッシュもあるので、このおばさんが活躍することをイメージができなかった。

「酔ってこけたみたい」と端的に状況だけを伝えると、そのおばさんが、

「観光の人か?バス乗るんちゃうの?」

と、さらに聞いてきた。

止血やら、名前や出身国を聞き出すことで精一杯だった我々にはない角度の問いかけだったため、我々もハッとして、英語で聞いてもらうと、


「バスの時間がギリギリで走ったらこけた」とのことであった。

どのバスかわかるか、次の目的地を聞いたが、バスは分からず、次の目的地はレストランとだけ答えてくれた。

せめて何か推測できる材料はないかと、ポケットの中身などを見せてもらうと、午前中に、別の観光スポットに行っていることがわかった。


「これだけわかったら、なんとかなるやろ」

とおばさんは言った。

ここで、ん?と思ったのだが、次の言葉にはさすがに耳を疑った。


「今、停まってる全部のバスに聞いてくるわ」


行動力という言葉では片付けることができない、このバイタリティというのか、悪く言えば厚かましさというのか、この場の誰にも持ち合わせていない特殊能力であった。

最初のティッシュを渡してくれた女性グループも、何人か一緒に行って、こっち側と連絡取れる体制を作ると提案してくれ、


この事態の終結というか、状況を打開に向けて一筋の光が注いだ瞬間であった。

それくらいのタイミングで、ランニング中の女性が声をかけてくれた。


「看護師ですー」

めちゃくちゃ心強かった。

今一番必要な人材であった。

一通り状況を説明して、挟んで止血した方がいいかと思って、そうしてもらっている旨を伝えた。

「あ、それでいいですよー。もうほとんど止まってるから、絆創膏貼ってしまうね」

と言って、手際良く男性の額に処置を行ってくれて、一段落ついた感があった。

次に現れたのは、たまたま通りかかった警察官だった。

これだけ人が集まってはきたものの、現場を目撃しているのは私だけのため、また一から説明することとなった。

その説明している間に、バス探し部隊から連絡があり、

バスが見つかった、とのことであった。

私は、行ってもらっていながら非常に申し訳ないのだが、バスは見つからないと思っていた。

なのでにわかには信じることができなかった。

だが、この後レストランに向かうバスで、午前中にある観光地に行っていたバスに戻ってこない方がいて、


その方の名前と出身国が、目の前にいる方と同じとわかるとさすがに認めざるを得なかったし、おばさんの特殊能力の凄さを改めて理解した。

しかし、ここで問題が発生した。

バスの添乗員的な人が、スケジュール的にその人を病院に連れて行けないと言い出したのである。

どうやら、このツアーの最終日で、その日の夜遅くの便で帰らないといけないようであった。

現場に居合わせた看護師さんは、処置はしたけど病院に行くことを強く勧めていたし、目撃しただけの私も衝撃音的に、検査的なことはしておいた方がいいのではと素人ながらに思っていた。


「あなたが、そのバスの責任者なんですよね!?」

それまで温厚に電話で添乗員さん側に説明していた警察官の方が急に声を荒げていた。

「いや、派遣かもしれないですけど、現場においては、あなたしかいないってことは、あなたはお客さんの安全を守る責任があるんですよ!」



踊る大捜査線の青島を思い出させるような熱い警察官であった。

そんな熱い思いも虚しく、バスの添乗員は、男性を病院に連れて行かない判断をし、男性を探していた旅行仲間と合流して、バスへと戻っていったのであった。

熱い気持ちを持った警察官、

ランニング中の看護師さん、

英語が堪能な女性、

停まってるバス全部に声かけると意気込んでいたおばさん、


それについていったくれてティッシュも持っていた若い女性たち、



怪我をした旅行客を助けるため集まったとしか思えない、即興アベンジャーズチームであった。

満足のいく結果ではなかったが、ある一定の成果は出せたと思っている。

え?私が何をしたかって?



基本的には、おじさんの背中をおじさんがさすっていた。


特殊能力も、アイテムを何も持ち合わせていなかったが、気持ちだけは立派なヒーローだったと思う。

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