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いつまで、見ないフリをしますか?

『ミスライムのカタコンベ』という短編

「この男は、おまえたちが脱出したいと言っているが、この外に何が待ち受けているのか、知っているのか?
外の世界はおまえたちが住める世界ではない。過酷な光一つをとっても、おまえたちは微塵に引き裂かれるだろう。右も左もわからなくなる。おまえたちが頼れるものがそこには何もない。巨大な空虚がおまえたちを呑み込む。一回の呼吸、心臓の一鼓動でさえ自分で決めなければならない。それに、決めたことはみんなおまえたちを永久に義務づけるのだ。もう一度言おう。そのような世界にはおまえたちは住めない。だからここ、影の民はその昔、外の世界からここの地下へ逃げて来て、あの耐えられない光から逃れるための救いをわしらに求めたのだ。おまえたちを一時たりとも囚人にしたことはない。おまえたち自身の意思なのだ、わしらが従ったのは。おまえたちが仕えたのではない。わしらがおまえたちに仕えたのだ。…」
『ミスライムのカタコンベ』(p183.184)

 「あなたたちを守るためにこの仕組みがある。」
 「あなたたちのために自分たちが働いている。」
と言われているように感じます。
しかし、よくよく考えてみると違和感たっぷりの内容ではないか?と思う自分がいます。

 そもそも、「守ってください。」と頼んでいません。
だから一方的にその仕組みを作りたい人がやっているだけだと言える。
確かに、それのお陰で享受していることはあるかもしれません。
でも、それを変えることをしてはいけない訳ではないはずです。

むしろ、「あなたたちのために」と言うのであれば、積極的に変えるべきところは変える方がよいだろうとも思います。

 さらに、その仕組みが苦痛で逃げ出したいのであれば、「逃げても構いません」ではなく、「他のところはもっと苦しいよ」と脅すのは、ちょっとズルいんじゃないかなと思う自分がいます。

 これは物語の話ですが、生きていて実際にある話ではないかとも思います。

例えばの話

 例えば、転職。
ステップアップでも、合わないから辞めるでも、辞めようと決めた時に「今の仕事より良い仕事なんてなかなかないよ」という脅しを受けたことのある人は多いのではないでしょうか。

 他にも、友達関係。
合わないと思っていて、つきあいを辞めようとすると、「おまえは俺らと離れたら友達がいなくなる」というような脅し。
勝手に交友関係をわかった気になっていることにも驚きですが、何故そんなことを言われなければならないのでしょうか。

 例を挙げたらきっとたくさん出てくると思います。
誰でも一度や二度、こうした理不尽な言われようはあると思います。
でも、「ちょっと待てよ」と感じた違和感を持ち続けることが大切だと、自分は思います。

よくよく考えてみて、相手はおかしなことを言っている可能性がある。
もしおかしなことを言っているのであれば、自分の決めたことは通してよいはずです。

それをできるか、できないか、で日々の豊かさは大きく異なると思うので、違和感を感じた時に立ち止まることは大切だと思います。


最後に

 この物語の人たちはこんな形で終わります。


 深い静けさが垂れ込めた。影たちは明るすぎる光から顔をそらしていた。手に持つ棒や鉄管は下ろされ、イヴリィに向けられた。影の民はイヴリィを少しずつ壁の裂け目へと突いた。みんなはイヴリィの方を見ないようにしていた。すべては無言で行われた。イヴリィは抵抗しなかった。裂け目から外に突き出されたとき、はじめてイヴリィの絶叫が聞こえた。その叫びは何重もの残響となり、背後で壁のすき間がふたたびゆっくりと閉じるあいだも迷宮の通路や洞窟にこだました。影の民のだれもがそれを聞いた。だが、それが歓喜きわまる叫びか、絶望の叫びか、後になって言える者はいなかった。(p184.185)

 最後までお読みいただきありがとうございました。

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