「対話型の学びが生まれる場づくり」についての実践知
こんにちは。HR Tech企業で人材育成・組織開発しているうえむらです。
本記事では、先日リクルートワークスが発行した「対話型の学びが生まれる場づくり」に関連して、過去の経験を元に得られた知識や課題感を書いていきます。同じように場づくりに携わる方の一助になれば幸いです。
はじめに: 元記事のおさらい
まずはリクルートワークス研究所の元記事「対話型の学びが生まれる場づくり」を眺めつつ、要点をピックアップしていきます。全22ページでさらっと読める内容であるため、まだ読まれていない方はぜひPDFを読んでみてください。
企業内で対話型の学びが生まれる場をつくる上で人事はどのように関わっていくべきなのでしょうか。この点について私は以下のツイートにとても共感しました。(こがねんさんは140字で本質を突く天才だと思います。)
人事(企業)が頑張って作った仕組みにさあどうぞと従業員を乗せるのではなく、ビジネスを推進する現場から当事者を中心として場が生まれていく。そこに人事がいて、必要に応じて参画、支援する。「自然発生」としながら「設計」する点が言い得て妙だと思います。
共感すると同時に、私自身がこれまでの取り組みの中で拙いながらもそうした経験を積んできたことにも気づきました。経験を棚卸しすることでもしかしたら再現性に繋がる学びが生まれるかもしれないと思い、この記事を書くことにしました。
対話型の学びが生まれる場づくりについて実践してきたこと
リモートワーク下での学習コミュニティ
コロナ禍に突入しリモートワークが定着しつつあった中で、現場エンジニア達と共に「Developer dojo」という学習コミュニティを立ち上げ、運営してきました。
当時のエンジニア組織では未経験エンジニアや新人エンジニアの育成に課題感がありました。また実はベテランも知らないことが多いのではないかといった意見もあり、新人もベテランも皆で学び合うコミュニティというコンセプトが生まれたのでした。
私はエンジニア組織と人事を兼務する形でコミュニティ運営に関わりました。コミュニティを立ち上げるにあたり、私は体系的な研修、エンジニアの技術力を一定レベルまで引き上げるもの、チームが違っても社内で通用する共通言語を取得してもらえるものといったキーワードを挙げていました。また、会社のミッション・ビジョンを盛り込みたいとも考えていました。いかにも人事が考えそうなことですね。
現場メンバーはこうした考えに共感しつつも、そうした方法ではうまくいかないだろうと私に伝えてくれました。
こうしたやり取りは対話型の学びが生まれる場づくりの要件のひとつである「共通の問題意識を持った初期メンバーとの信頼関係の構築」を土台としていました。また人事としてはあくまで後方支援的に場づくりに参画し、エンジニアの「教える」「学ぶ」「学び合う」行動の量・質を高める上での課題解決を支援していきました。
私が勉強会で担っていた重要な(そして地味な)役割のひとつが「ガヤ役」でした。当初はメンバーがWeb形式での勉強会に慣れていなかったこともあり、受講者からのリアクションが見えず不安であるという講師陣の悩みがありました。そこで私も勉強会に入りこみ、チャット欄を盛り上げたり分かりづらそうな点を口頭でツッコんだりして声を上げることを推奨する空気を作りにいったのです。その結果ガヤ役の振る舞いをしてくれる人が他にも現れていき、場に双方性が生まれ、講師にも多くのフィードバックが届くようになっていきました。
こうしたコミュニティづくりの作り方や苦労話などを広めるべく、主導者のS.YAMAMOTO(@flyaway)さんと共にデブサミに登壇したのも今となっては良い思い出です。ここでも私はガヤ役を務めました。
テックブログコミュニティ
テックブログコミュニティを立ち上げてからもうすぐ4年が経ちますが、新規ライターが毎月自然発生しており、ゆるやかに、時に盛り上がりつつ継続することができています。(間もなく40000いいね到達…!)
一般的にテックブログは続かない(続けるのが難しい)とされています。具体的にどのような点が難しいのかについては以下記事が非常に参考になります。ぜひ読んでみてください。
当初はテックブログを採用広報に繋げたいという人事側の思惑がありました。しかし現場との対話を重ねていったことで「学びをアウトプットすることがキャリアに繋がっていく」「エンジニア本人の資産になることが何よりのモチベーション」「業務時間内の執筆を会社として推奨することを目に見える形で示す」といった参加者側の視点が重要であることに気づき、企画の方向性を変更しました。
加えて人事目線でのKPIを設定するのではなく「ゆる~く、なが~く、楽しんでいこう」というコンセプトメッセージを打ち出すことで参加者のハードルを下げるようにしました。そうした工夫の積み重ねの甲斐もあってか、Slack上などで書き手と読み手のゆるやかな交流が発生し、これまで読み手だった人が書き手に回るといった動きも見られるようになりました。その後も運営メンバーか少しずつ入れ替わりながらコミュニティは脈々と続いています。
このような流れの中で、採用面接や企業説明会で「テックブログを見ました」と言ってくれる採用候補者が現れるようになりました。今では採用広報としての機能も十二分に果たしてくれています。
もしも当初から人事としてのねらいを前面に出していたとしたら、運用コストが嵩むだけでなく、参加者の意欲を持続的に引き出すことも難しかったでしょう。参加者目線でコミュニティを企画運営していくことは人事にとって勇気がいることですが、結果的に大きな果実をもたらしてくれるものだと思います。
書籍を通じた学習コミュニティ
ここまでは主にエンジニアを中心とした対話型学習の場づくりについて書いてきましたが、全社規模で実施していることにも触れておきます。
自社では書籍購入支援制度を運用しています。制度内容は一般的なものですが、制度目的として従業員のキャリア自律に繋げることを前面に出している点が特徴です。
キャリア自律支援については半期毎に上司部下で実施する「Career Interview」という対話の場を中心に各種人事制度・研修・学習機会をPlan-Do-Seeサイクルとして仕組み化し、書籍購入支援制度については自学支援策のひとつに位置づけています。人事枠組みの全体像において制度や施策を位置づけることは学習の場を作って終わりにしないために重要であると考えています。
この制度を対話型学習の機会として活用してもらうために、読んで終わりではなくアウトプットを伴う学び合いを発生させる仕掛けを作りました。具体的には制度利用にあたり書評の提出を義務づけたうえで、利用者が公開可とした書評がSlackの書評広場に公開される仕組みを構築しました。一見、利用者にハードルがありそうな運用に思えますが、結果的には年間3000冊近くの書籍が購入されています。またSlack上の様々なチャンネルで書評を引用し合う形で二次・三次の学習が発生しており、ねらいとしていた学び合いを発生させることができています。運用については自動化しているため運用者側の負担もほぼありません。
テックブログ、書籍購入支援制度について共通して言えるのは、対話型の学びはオンラインの場やテキストコミュニケーションにおいても発生させることができるという点です。こうした機会を起点にオフサイトでの勉強会や読書会の開催に繋げることで、オンライン⇔オフライン、テキスト⇔口頭といった往復的な学びが発生することも重要な点であると考えています。
新入社員研修における対話型学習
ここまでに挙げた場づくりをしていく中で特徴的だったのは若手社員が積極的に学びの場に現れることでした。むしろ若手ほど対話型の学びを好む傾向があるように感じます。この点については「世代全体が対話型学習に適合している」「採用時点で自発性の高さを見ている」「入社後に対話型学習の基礎となる振る舞いを学んでいる」などいくつかの理由が考えられそうです。ここでは最後に挙げた要素にあたる新入社員研修での対話型学習プログラムに触れていきます。
DiSC®理論を用いた自己/他者理解
DiSC®とは、Dominance(主導)、Influence(感化)、Steadiness(安定)、Conscientiousness(慎重)の4要素を元にした自己理解、他者理解のためのコミュニケーションツールです。詳しく知りたい方は本家サイトを参照してみてください。
類似のフレームワークにMBTI®がありますが、MBTI®と比較してシンプルに傾向を掴めるメリットがあることから新入社員研修ではDiSC®を採用しています。自社の人材開発チームには認定ファシリテーターが複数在籍しており、私自身もワークショップを受けて自身のタイプを把握しました。
こうしたフレームワークを活用してコミュニケーションの共通言語を早期に作っておくことで、他者との対話において自分が陥りがちな課題を把握したり、自分と異なるタイプの従業員との関わり方を学ぶことができます。このような経験を早期に積むことで対話のテーブルにつく効力感が高まり、対話型の学びが促進されると考えています。
少人数グループでの日々の対話セッション
2か月間の新入社員研修の中で4~5人一組でのグループを作り、小さな対話機会を高頻度で設けています。一例を挙げると朝礼/終礼で日報を共有し、他メンバーからフィードバックを受ける、といったことを日々行います。グループを何度も入れ替えることで多くの同期と対話する経験を積むことができ、自分と異なるタイプの他者との対話に慣れる経験にもなります。
研修序盤は自身の考えがうまく言葉にならない新入社員も多いですが、終盤になると見違えるほど自分らしい言葉で語る姿が見られました。
Slackを活用した相互フィードバック機会
リモートワーク下でも対話機会を習慣化するために、Slack上で「Valueフィードバック」という取り組みを行いました。これはMisson/Vision/Valueの浸透を兼ねた取り組みで、同僚の日々の行動を見てValueが実践されている行動をSTARフォーマットに沿ってSlack上で投稿するものになります。この取り組みを通じてテキストコミュニケーション上で自身の考えを発信することや他者の視点を受け取ることに慣れていく効果を得ることができます。
このように新入社員時点から対話に必要な行動を重ねていき、対話が成長機会に繋がることを実感した上で現場配属を迎えます。こうした基礎教育も対話型学習の土台として役立っていると私は考えています。
対話型の学びが生まれる場づくりについての課題感
ここまでに挙げた取り組みを通じて、対話型の学びが生まれる場づくりの中で私が感じている課題感についても書いていきます。
アウトサイダーを巻き込むことの難しさ
リクルートワークス研究所の元記事にもある通り、アウトサイダーを巻き込む仕掛けは場の持続性を担保する上で必要不可欠です。ですが、実際に裾野が広がっていく実感が得られるのは1年後、2年後となることも多く、短期的に効果を実感することは難しいと感じています。
また、公式組織方面からアウトサイダーを巻き込む際には役職者や上位層を取り込むことが肝要となりますが、人事から現場への依頼事項という形を取ってしまうと不自然に立て付けを用意することになり、元々の目的とずれてしまうこともあります。
こうした課題に対して私は明確な解決策を見つけられていません。しかし、下記のような点を意識することがコミュニティを維持することに役立っていると感じています。
KPI設定は必要以上に行わない。設定する場合には参加者目線での設定に加え、社外の指標を参照する。
たとえば書籍購入支援制度について、現時点での利用者数は全社員の約1/3となっています。この数値について少ないと感じる方もいるでしょう。担当者としては利用者を増やしたい(自分の成果に繋げたい)と思いがちですが、根拠のない数値目標を置くことは制度の持続性を損ねることにもなりかねません。こうした際に外部指標を参照することで、客観的に状況を把握することができます。
パーソル研究所によると、会社員のおよそ5人に1人が勤務先以外で読書をしているとの調査結果が得られています。
この一般的なデータに対して自社では下記の環境を提供することができています。
勤務先で3人に1人が読書を行っている
単なる興味関心に留まらず、自身のキャリアに必要な学びを得ている
得られた学びは書評という形で社内に還元され、二次三次の学びの環を形成している
とても雑な整理ではありますが、こうした点を元に書籍を通じた学習環境が整っていることを示すことができます。
役職者や上位者を巻き込む際には人事から不自然な立て付けを用意せず、現場の課題感や声からはじめる。
役職者や上位者は現場を見渡す視点を持っており、不自然な立て付けによって現場の調和が乱れることをよく知っています。だからこそ、人事である私たちは現場の課題感や現場の声を彼らに届け、一緒に眺めることからはじめるのが良さそうです。その上で人や組織をより良くするために何が足りないか、あるいは何を伝えるとメンバーが嬉しいかを共に考え、自然な形で参画を促していくのが良いのではないでしょうか。
ビジネスインパクトにつなげることの難しさ
対話型の学びが生まれる場づくりが成立する前提として、経営層が他者を介した学びに価値を置いていることが挙げられます。場づくりを開始する時点だけでなく中長期で価値を置き続けていることを従業員に発信することで従業員は安心して学びに向かうことができます。
一方で、人事は経営、現場の両面に対して対話型の学びが生まれる場がビジネスに良い影響をもたらしていることを示す役割を持っていると私は考えています。人や組織が学びに向かうモチベーションが焚き火のようなものだとすると、誰かがそこに薪をくべ続ける必要があるのです。
この点についても私は現時点で明確な答えを持っていません。しかし仮説として、ビジネス組織における日常(チームミーティング、ふりかえり会など)と非日常(組織目標会議や評価調整会議など)に対話を通じて学びを得る態度を染み渡らせていくことで、ビジネスにおける組織行動の質を直接的に高めていくことが必要なのではないかと考えています。
また経営戦略、人事戦略と連動するストーリーの中に対話型の学びを位置づけることや、そうしたメッセージングを全社集会などを通じて経営層から発信することで、学びが未来につながっていく姿を皆で分かち合うことができるのではないかとも考えています。
人事としての評価を得ることの難しさ
対話型の学びが生まれる場づくりにおいて人事はカタリスト(触媒)としての役割を持っています。場づくりを陰で支える存在であり、学びの火を絶やさぬよう薪をくべ続ける存在です。表舞台に出ることはあまりなく、常にそこに居る存在としての振る舞いが求められます。
こうした地道な努力が報われる実感を持つことは、実はとても難しいことだと私は感じています。取り組みの先に人事としての評価を得ることが難しいと言い換えることもできます。評価のために仕事をする人は少ないとしても、一定の貢献実感が得られなければ裏方としてモチベーションを保ち続けることは難しいでしょう。
この点については定量・定性の両面で成果を地道に伝え続けることはもちろん、社外への情報発信を通じて世の中の人事コミュニティに貢献することや、そこから生まれる交流がモチベーションの一助になると考えています。
そして忘れてはならないのは、対話の場についてくれる人々の役に立てているかを絶えず自問し続ける姿勢です。対話の場においても日々問題は順調に発生し続けます。問題をいち早く察知し、現場と共に解決策を導き、彼らが学びに集中できる環境を提供し続けることこそが学びの場づくりに関わる人事の存在理由であり、そこに身を置き続けることが苦しくもあり楽しくもある。というのは綺麗事かもしれませんが、場に真摯に向き合う姿勢こそが自身のモチベーションの源泉となっているように思います。
おわりに
本記事では対話型の学びが生まれる場づくりについての実践的な知見と共に、その中で私が直面した課題を明らかにしました。対話型学習は個々人の主体性を育み、組織全体の知識と創造力を豊かにしていきます。しかし、成功への道は一筋縄ではいかず、多くの課題が存在します。本記事で共有した実践事例と学びが、これらの課題に対処する手掛かりとなることを願っています。
本記事を書いてみて「対話型の学びが生まれる場づくり」というテーマが私にとって特別な意味を持っていることを改めて認識することができました。リクルートワークス研究所の素晴らしい仕事に感謝します。
そして、同じように対話型の学びが生まれる場づくりに奮闘する人と繋がりを増やしていくことは私の今年の目標でもあります。本記事で書いた実践例以外にも興味を持った方がいれば積極的に情報交換していきたいです。Xなどでお気軽にご連絡ください。
という所信表明をしたところで、今日もまた対話の現場に揉まれてきます。いや今日は休日なので週明けからだった。それでは、また。
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