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人のせいにばっかしてた子供時代

私はわりと最近まで、異常なほど他責思考がつよかった。

日記を読んでいてふと思い出した。

子供時代はマイペースでおっとりさん。好きなだけ遊んで楽しかった。暖かい思い出もたくさんある。愛されて育った自信がある。

それでも、書いていて気づいたけど、自分の子供にぜっっっったい同じ轍を踏んで欲しくない。


勘違い1 なるようになる

つい最近まで、今日やることとか将来のこととか、何もかもが自分が決めることではないような気がしていた。これが1つ目の勘違い。

たとえば学校で友達と喧嘩になった時、私は面と向かっていえず、内面で怒りを爆発させることしかできなかった。

そのくせ、私に非は一切ないと思っていた。

初めてできた彼氏をふった時は「遠距離になったんだししょうがないじゃん」と思った。何も考えてなかった。

妹にこの話をすると「友達・彼氏のせいで仕方なくそうなったんだろ」と言われるけど、何も考えてなかっただけだ。

私の座右の銘はこうだった。

なるようになる

…これは無自覚だけど「誰かなんとかしてくれる」のことだった。

フタを開けると自制心と感情コントロールの弱い子供だった。大人になってからも。

まあ若い時なんてそんなもんなのかもしれない。

勘違い2 怒ってる人はキレている

もう一つの恐ろしい思い込みは

「怒っている人は感情を爆発させてるから、言うことを聞かなくていい」

というものだ。

みんな私と同じようにキレるんだと思ってた。

たとえば私が初めてのバイトで皿を割って怒られた時、それを聞きながら「この人は感情にまかせて私を叱責しているイヤなヤツだ」とまじで思っていた。

家族に砂糖食べ過ぎを指摘されれば「しょうがないじゃん」ともれなくケンカになった。

内容の大小に関わらずキレやすかった。砂糖のせいもある。

転機

親からは人をよく見るように、人が嫌がることをしないようにと教わった。

それでもこうなったのはやっぱりADHDの感情コントロール効かなさと、こだわりの強さだと思う。

それで人が苦手になり、引きこもり、余計人が苦手になる負のループに入った10代。代償は大きかった。

20代で今の旦那に出会って、「君はそんな無力じゃない」「よくもわるくも言動には影響力がある」と教えてくれたおかげで負のループを抜け出せた。

人は優しくて、生きてるだけでも幸せと思えるようになった。

30代になる今、自分の子供に何を伝えられるんだろう。

子供へメッセージ

これから私は自分の赤ちゃんに

理性も感情もあなたの武器なんだ

と伝えたい。

赤ちゃんが私を傷つけたら悲しみを伝えて一緒に振り返るし、

私が赤ちゃんを傷つけたら状況を整理して謝るだろう。

私の感情がコントロールできない時は距離をとって速やかに平静を取り戻すし、

赤ちゃんの感情が暴走した時は落ち着くまで言語化して待つだろう。

うまくいかなかったら、少し変えてやり直すだろう。

戒め

そのために、ド下手くそな自制と感情コントロールと言語化を今日も練習する。

「じゃどうする?」「じゃどうする?」を止めない。

がむしゃらに子育てするぞ私も。

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