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#03 饗庭伸×田中元子×水野祐②1階をひらいて、街に賑わいをつくる

書籍 『アナザーユートピア』(NTT出版)を起点として、これからの街づくりのヒントを探るトークイベント「Talk Night オープンスペースから街の未来を考える」。2019年12月3日に開催した第三回目では、「広場と空き家から考える街のあり方」をテーマとし、首都大学東京教授の饗庭伸氏、株式会社グランドレベル代表取締役の田中元子氏、弁護士の水野祐氏をお招きしてお話を伺いました。(全5回)
▶① 人口が減ると都市はどうなるのか 饗庭伸
▶③ 法が街づくりを加速する 水野祐
▶④ 街のオープンスペースはどこにあるのか
▶⑤ 街づくりの思想をいかに鍛えるか

街づくりは「能動性」を喚起すること

——お二人目は、株式会社グランドレベル代表の田中元子さんです。田中さんはもともと建築コミュニケーターという肩書きで、建築と人々をつなぐ活動をされていましたが、今日お話ししていただく「喫茶ランドリー」の設立以降、空間をいかに使いこなすか、ということに徹底的に向きあわれている印象を受けます。空間をつくるプロはこれまでもたくさんいたわけですが、「空間を使うプロ」という今までにない職能をまさに生みだそうとしているように見えます。

田中:「1階づくりはまちづくり」という合言葉で、1階専門のプロデュースやコンサルティングをしています。饗庭さんから、江戸時代の人口は3000万人だったというお話がありました。もし今日本の人口がそんなに減ったらどれほど寂しい風景だろうと、みなさん反射的に思うかと思います。でも、実は、江戸時代は、今よりも街に人が溢れていて、賑やかだったんです。人の数ではなく、人々がどれだけ私たちの目に触れられる状態かということに、私は着目しています。

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私は、もともと建築や都市のデザインについてのメディアをつくる仕事をしていたのですが、「アーバンキャンプトーキョー」という企画にかかわったことで、大きな転機が訪れました。この企画は、都内の遊休地をキャンプ場にするというもので、ほとんど告知できなかったにもかかわらず、1日100張り以上、200-300人の参加者がテントを張って、楽しそうに過ごしてくれました。そういう意味では、大成功でしたが、同時に大失敗もやらかしました。

私は、2泊3日の期間中、野山もない、いつも見ている風景の中でキャンプをしても、お客さんたちは退屈だろうと考えて、ヨガやまち歩き、ミュージシャンのライブなどのさまざまなコンテンツをぎっしり詰め込みました。でも、来場者は大勢いるのに、そうしたプログラムには、ほとんど人が来なかった。

というのも、キャンプをしたことのある人ならピンと来るかもしれませんが、キャンプってそういうものじゃないんです。そこにあるものをどう使うか、自分で手探りして実験することがキャンプの楽しみなんです。私は、来た人たちをもてなすつもりで、いろんなプログラムを用意してしまったんですが、この失敗を機に、人の「能動性」を発露させるきっかけをつくる仕事をしたいと思うようになりました。

もう一つ、仕事ではなく趣味に近いのですが、自前の屋台を路上に出して、街の人にコーヒーを配る活動をしています。これを私は「パーソナル屋台」と呼んでいます。コーヒーでお金が欲しいわけではないので、無料です。お金持ちそうな人にも貧乏そうな人にも、男性にも女性にも「コーヒー飲んでいかない?」と声をかけています。

パーソナル屋台をやってみて気づいたのは、屋台を介して人と公共的な関係をつくれるということでした。つまり、公共は上から与えられるだけではなく、私たち自らでもつくれるものである、ということです。

私たちが暮らす世界は、商空間だけでなく公共空間でさえ、お年寄りのための居場所、若者のためのカフェ、というふうにあらかじめ住み分けされています。でも本当は、「みんなどうぞ」が公共でしょう? たった一人で、小遣い程度のコーヒー豆を持って、「一杯どう?」と声をかけられることが、私は自家製の、手づくりの公共だと思ったんです。

これを私は「マイパブリック」と名づけたのですが、こうした活動に目覚めたことも、私の今をつくる大きなきっかけでした。玉虫色の大きな公共より、もっとファニーでロックな公共をつくったっていい。その方が良いと思いませんか? 歳をとったっときに、年寄り向けの与えられた空間で「ほらおじいちゃんは、こっちだよ」とか言われるのは、嫌じゃないですか?

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街に補助線を引くこと

田中:そんな思いでいたところ、隅田川のほど近く、森下にある、築55年のビルの利活用の話が舞い込んできました。もともと倉庫や工場が多かったのですが、時代とともに淘汰され、急激にマンションに建て替わっているエリアです。倉庫や工場だったときは、人の姿がパラパラ見えました。今はマンションがいくつもできて、建物の中に人が積み上げられて、人口密度はものすごく高まっています。どんなに賑やかになったと思いますか? 誰もいなくなったのです(笑)。怪現象ですよね? こんなに人がいるのに、こんなに人が見られないなんて、おかしいでしょう。

また、公共性という意味では、先ほどのパーソナル屋台のように手づくりした公共の方が、与えられた公共よりも優っているのではないか、という実験をしたいと考えていました。そこで、「喫茶ランドリー」という私設公民館のようなものをつくってみました。ここでは、公民館を使うのと同じように、いろんな人が自分のやりたいことを実現することができます。

でも、公民館のように、真っ白な空間に事務机とパイプ椅子では、友達と楽しくパーティーしたいとは思わないですよね。ここでなにかやったら楽しそう、ここならなにかやらせてもらえそう、と思えるような、公民館以上に、公民館らしい使い方を誘導するデザインを心がけました。

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いざ開業してみると、会社の勉強会や現代アーティストの展示、歌声喫茶、軒先で開くマーケットなど、オープンして半年で100件以上の活動が行われました。すべて街の人たちの持ち込みで、私や喫茶ランドリーが企画したものは一つもありません。でも、イベントなんてやっていなくてもいいのです。普段から、老若男女がなんとなく集まって、思い思いに過ごせる場所であることが重要なんです。

開店から1年ちょっと経った頃には、どこの誰が持ってきたのかわからない飾りや植物など、たくさんのものが付け足されました。私の世界観をキープすることよりも、人が良かれと思って手を出す、口を出す、活動する、そのことの方が、優先順位が高かったということが、空間に表れています。

私はこれを「補助線のデザイン」と呼んでいます。真っ白な画用紙に自由に絵を描いてごらんと言われても、多くの人は戸惑いますが、ちょっと補助線や下書きがあるだけで、そこから色を塗ったり線を描いたり、手足を動かすことができる。そんな補助線としての存在を街の中につくっていきたい。しかも密室ではなく、1階に。それが、私の会社が大切にしている部分です。

そのためには、ソフトウェアとハードウェア、そして、この2つを取り持つ「オルグウェア」がポイントになってきます。「オルグウェア」は、コミュニケーションや組織化をどうデザインするかということです。「オルグウェア」のデザインによってモノとコトが最大に効果を発揮していき、個人の能動性をひらいていくことができます。

よく「まちづくりのプレイヤー」という言い方がされますが、プレイヤーなんて街にいないと私は思っています。街にいる人全員が、その街をつくっているのです。一人ひとりの「らしさ」でもって、街が面白く目の前に現れる。これからの時代、人がそこに生きているとことを見せていかなくては、立ちゆかないと思っています。

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能動性は伝播する

田中:先ほどの饗庭さんの都市のスポンジ化のお話を受けて、喫茶ランドリーの近くに流れる隅田川の対岸にある、通称レコードコンビニのお話をします。マイナーなチェーン店なのですが、このチェーンは、ロイヤリティがとても安いので、そのせいで商売に熱意を持たないオーナーさんが多く、以前はここもそのような感じでした。でも、実は、ロイヤリティを払うだけで、後はとても自由度が高いんです。

ある日を境に、世代交代をして一変しました。ギター好きの息子さんがお店にギターを飾って、店内で演奏するようになり、人が集まってイベントをやるようになった。常連さんも、パンを売っていた棚にターンテーブルを置いて、DJイベントを始めて、今は大変盛り上がっています。

喫茶ランドリーがオープンして1ヵ月後、近所に立ち呑み屋さんができました。昼は活版印刷所で、夜に立ち呑み屋としてオープンしているのですが、コンビニの常連たちがここでもライブを始めました。またレコードコンビニの裏に新しくカフェができたのですが、さっきのコンビニの常連たちが盛り上げています。彼らは、このエリアの人だけじゃなくて、いろんなところから、いろんな縁で遊びに来ています。

こんな話もあります。常連メンバーの誰かが、3キロも離れた銭湯のオーナーさんが結構話のわかる人だと言いだして、銭湯でレコード市を開催しました。銭湯が夕方に開店するまでの間、脱衣所で中古レコードを売り買いしたり、レコードのカッティング(録音)を催したり、ライブをしたり、そのライブをしているのが、またコンビニの店長だったりします(笑)。

こんなふうに、一つのコミュニティや活動があちこちに飛び火していていく様は、都市のスポンジ化という現象への一つの応答になっているのではないかと思いました。

これからは、人の居場所があるかどうかとか、自分が参加できるかどうかが、街の新しいシンボルになっていくように思います。それは、弱くて小さいものですが、すごく現代的で多様なシンボルになりえるのではないかと考えています。

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→次回 饗庭伸×田中元子×水野祐
③法が街づくりを加速する


日時場所
2019年12月3日(木)@シェアグリーン南青山
主催
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室
撮影
高橋宗正
グラフィックレコーディング
藤田ハルノ+津布久遊 (テクストの庭)