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より使いやすく、壊れにくく。避難生活のにおい問題に挑む試作品を磨き上げる

自然災害の発生した被災地で、人の命こそ奪わないものの、実は大きなストレス源となっている「におい」。

私たちUCI Lab. と京都工芸繊維大学、パナソニックの3者は今、この被災地で感じる「におい」問題の解決を目指して、パナソニックの「ナノイーX」を活用したプロダクトの開発に挑戦しています。

2023年秋から、開発はいよいよ最終フェーズに突入。12月には豪雨災害で被災した福岡県八女郡広川町で実証実験を行い、プロトタイプが実際に被災した品々に対しても高い消臭効果を発揮できることを確かめました。

▼実証実験の様子はこちら

ただ、最終製品へと仕上げていくためには、あと少し、製品の形状や使いやすさの観点から解決すべき課題が残っていました。今回の記事では、その課題をどのように解決していったのか、つくりこみ過程の一部始終をご紹介したいと思います。



学生が試行錯誤の末に完成させた「組立消臭クローゼット」

今回、プロトタイプの磨き上げを行ったのは「組立消臭クローゼット」です。

これはその名の通り、自分で組み立てて使える即席クローゼットです。組み立てると洋服が4−5着程度入るサイズになりますが、折りたたんでおけばA3用紙と同じくらいの大きさなので、不要な際は物置や押し入れなどにしまっておくことが可能です。

避難生活の中では、断水がよく起こります。断水してしまうと、洗濯などの衛生行動をとることができません。このクローゼットは、においの脱臭や菌・ウィルス、カビ菌の抑制に効果があるパナソニックの「ナノイーX」の発生装置と一緒に使用。避難生活で洗濯ができずににおいや汚れについてしまった衣類を入れておくことで、消臭と除菌の効果を見込むことができます。

さらに日常生活の中でも、洗うのが難しいものや使用頻度が低いものでの使用を想定しています。例えば部活動やアウトドアで使用したアイテム、花粉の時期のコートなどに対して使うことも想定しデザインしました。

設計開発の具体化は、京都工芸繊維大学の2名の学生が担当しました。2人はアイデアの構想段階から試行錯誤を繰り返し、夏休み期間もプロトタイプの制作に費やしたといいます。

パナソニックへの中間報告会で組立を実演する櫛研究室の橘鴻太朗さん(写真左)と和田尚之さん(写真中央)

そのような学生たちの苦労のかいもあって、組立消臭クローゼットは、非常に完成度の高いプロトタイプとなりました。試作の途中段階で報告したパナソニックの担当者からも、高い注目を集めました。

思わず駆け寄り中を覗き込むパナソニック技術者の皆さん

また、2023年9月に行ったフィールドワークで被災経験者にプロトタイプをお見せしたところ、こちらも「コンパクトで収納できるので、避難生活でも日常生活でも使えそう」と好反応。さらに、2023年12月の実証実験では、実験を行った3つのプロトタイプの中で最も高い消臭効果を発揮しています。

組立消臭クローゼットを手に取るつなぎteおおむたの彌永恵理さん

実用化すれば、きっとあらゆるシーンで多くの方の役に立つ製品となる。そんな期待の持てる試作品の1つとなりました。


実用化を目指す中で見つけた、解決必須の2つの課題

ただ、最終製品として世の中に届けるためには、こうした高評価や、被災地特有のにおいを消臭できた成果だけで満足していてはいけません。もう少し厳しい目を持って、本当に便利で使いやすい製品となっているのかをチェックする必要があります。

そのような目線で改めて組立消臭クローゼットを見てみたとき、私たちはこのプロトタイプに大きく2つの課題があると気がつきました。

課題の1つ目は、使いやすさについてです。まず、初見では組み立てづらいという点。たとえ説明書を用意したとしても、初めて組立消臭クローゼットに触れた方がひとりで組み立てるのはまだまだ難しい状態です。また、組み立て後にハンガーをかける棒が落下してしまうという点も気になりました。

2つ目が、堅牢(けんろう)性の問題です。せっかく便利な製品でも、すぐに壊れてしまっては意味がありません。特に環境の変化が激しい被災地で使うことも考えると、簡単には壊れない製品を目指す必要があります。

これら2つの課題を解決するためには、「組立消臭クローゼット」の構造の部分に少し改善を加える必要がありそうです。しかし、立体的な物の構造をより使いやすく改善・修正するためには、専門的な知識や知見が不可欠。そこで今回、プロトタイプの磨き上げの工程には、家具や雑貨など3次元の物をデザインするプロフェッショナルの「プロダクトデザイナー」に入っていただくことに決めたのです。


試作品の磨き上げ工程には、プロダクトデザイナーに入ってもらうことに

今回は、UCI Lab.所長の渡辺の知人であるプロダクトデザイナー 斎藤勝美さんに、プロトタイプの磨き上げを手伝っていただきました。

斎藤勝美さん プロフィール
京都市立芸術大学 工芸科漆工専攻卒業。宝飾品メーカーでのデザイナー職を経て、1996年に室内装飾用品の製造・デザインを手がけるアスク企画に入社。家具・雑貨など/オンライン・実店舗のインテリアショップでの売り場・商品企画、プロダクトデザインを担当。現在は商業施設などの照明デザインを手がける株式会社タカショーデジテック内のデザイナー集団「Ask Design Lab.」も率いている。
https://ask-planning.com/

斎藤さんは普段、家具や雑貨の商品企画やプロダクトデザインを手がけています。実は、斎藤さんと渡辺は、10数年前の京都工芸繊維大学の櫛先生の学外スクールがきっかけでつながった間柄。今回のプロジェクトに共感した上でプロトタイプをより良く磨き上げてもらえるのではないかと思い、依頼するに至りました。
実際、渡辺が斎藤さんに声をかけてみると、「ぜひやりましょう」と二つ返事で協力していただくことに。

そこでまずは、斎藤さんの目で、プロトタイプを確認してもらうことにしました。


「プロの目」から見えた、プロトタイプの課題とは

2023年11月27日、京都工芸繊維大学の櫛先生の研究室で、斎藤さんに実際の組立消臭クローゼットを見てもらいました。

櫛研究室の通称「コト部屋」にて
斎藤勝美さん


学生が制作したプロトタイプを、真剣なまなざしで入念にチェックしていく斎藤さん。組立前の状態から組み立てる工程、組み立て後の形状まですべてを確認した後、その場で斎藤さんからさまざまな意見が寄せられました。

これまで試行錯誤を重ねてきた学生の視点やこだわりに感心する斎藤さん。制作する中で課題になっていた折りたたんだ際の角部分の強度や、組み立てる時にパーツが自立しないといった悩みについて、

「僕たちの世界では、『まず四角を疑え』と言われている」

などと話しながら、現場で活躍されているプロダクトデザイナーならでは視点で、そもそもの大きさや構造、収納時の形状、パーツの数などについて、考えられる改善の可能性を次々と幅広く提案してくださいました。

とはいえ、学生たちがプロトタイプの制作に費やしてきた時間を無視したくはありません。そこで斎藤さんは、学生や櫛先生、畔柳先生の着眼点、こだわりポイントを丁寧にヒアリング。その意図をできるだけ活かす方向で、改良を加えてくださることになりました。また、現段階では、量産を想定せず、複数個を現場で試用していただくためのプロトタイプの精度アップ版を目標としました。


プロトタイプの課題を解決する、2つのアイデア

それからおよそ2週間が経った12月11日、斎藤さんが、改良を加えた2分の1サイズの試作品を2種類、京都工芸繊維大学に持ってきてくださいました。

1つ目の試作品は、2つのパーツが同じ構造をしていて、合体させるとクローゼットになるというもの。

同じ組立手順の2つのパーツで構成

2つ目の試作品は、蓋の閉じ方とハンガーをかける部分に改良が加えられたもの。特にハンガー部分は三角形を採用することで、部品同士がぴったりとハマり、落ちることがないというアイデアです。 

ハンガーバー部分も、解体すると平たくなるので収納しやすい

さすが、長くプロダクトデザインの現場で活躍されている斎藤さん率いるAsk Design Lab.がつくったプロトタイプです。どちらのアイデアも、初見での組み立てにくさの問題が見事に解決されており、さらに壊れにくい構造にするという点もクリアできています。

今回はどちらか一方のアイデアを採用するのではなく、両方のアイデアを組み合わせて、原寸大のプロトタイプを再制作することにしました。

その結果でき上った最新版のプロトタイプが、こちらです。



今後は、このプロトタイプを複数個制作し、再び広川町で実証実験を行おうと考えています。広川町の方々には、実際にクローゼットを組み立てるところから試してみていただき、現場で本当に使えるプロダクトになっているのか、具体的に検証していくつもりです。


誰にとっても使いやすい製品にするために。今回の試作品磨き上げのポイント

最後に、プロトタイプの磨き上げに携わっていただいた斎藤さんに、改良を加える際に意識したポイントや学生たちのアイデアを見て感じたことについてコメントをもらうことができたので、ご紹介したいと思います。

Q. 今回のプロジェクトに参加することを決めた理由は?

斎藤:私が率いるAsk Design Lab.というデザインチームでは、商業用のプロダクトやグラフィックだけでなく、さまざまな領域のデザインに挑戦したいと日頃から考えています。今回のプロジェクトは社会課題の解決につながるものである上、私たちにとって初の大学連携の取り組みとなるため、参加してみたいと感じました。それで、渡辺さんに「ぜひ」とお返事をした次第です。   

Q. 学生のプロトタイプを見て感じたこと
   
斎藤:課題を解決するために、ストレートに「かたち」を作っているなという印象を受けました。かなり試行錯誤したのだろうなと。背景のユーザーや素材についてもしっかりと調査して制作されたことが伝わってきて、学生さんの思いや考えが反映されたデザインのストーリーに納得しました。ただ、やはり荒削りな部分はあったので、そこを改良できたらもっと良いプロトタイプになるのではないかと思いました。

 Q. どのようなことを意識して改良を行ったのか

斎藤:初期のプロトタイプが持つデザインのストーリーを尊重しながら、使いやすいものにできるよう意識しました。特にユーザー自身が組み立てる製品ですから、組み立て時に手が止まってしまう部分はどうにか改善したかったところです。あとは、組み立てたときに部材がしっかりと形を保ち、崩れないようなデザインにしたいと考えていきました。畳んだときにどこまでコンパクトにできるか、という点もかなり意識した部分です。組立消臭クローゼットは、使われる場所を想定すると、様々なユーザーが考えられます。どのような方が使ってもストレスのかからない製品にしたいと思いながら、改良を加えていきました。

Q. プロジェクトの今後の展開に対する期待

斎藤:今年に入ってから、災害を身近に感じる機会がいくつもありました。そのため、これからはさらに「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクトのような取り組みが増えていくのではないでしょうか。災害時など特別な環境下で長期生活を行うことに対する知見をモノやコトのデザインに込めていくことで、新たな災害対策が生まれてくるのだと思います。

災害・緊急時をさまざまな角度で捉える、今回のプロジェクトのような取り組みは、そう多くないと思います。ぜひ今後もプロジェクトとしての活動を続けていってほしいと思います。

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最終製品の実現まで、あと少しのところにきている「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクト。前回と今回の記事を通じて、プロトタイプの実証実験と磨き上げの工程をご覧いただきました。

次回は、プロトタイプの制作の立役者である、京都工芸繊維大学の学生たちの声をお届けしたいと思います。

果たして、学生たちはどのような思いを持ってこのプロジェクトに参加し、被災地の実際の声を聴いて何を考えたのでしょうか。次回の記事もぜひ、チェックしていただけたら幸いです。

(UCI Lab.広報担当)

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