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「8時間も時差あったら向こうはティータイムよ」

仲の良い友人は、大切にしたい話は、直接話をしてくれる。
広島出張中のワタシに、わざわざ、
「広島なんて、お前がいないと行かないから会いにいくわ。」
と、有給休暇まで使って遊びに来てくれた。
八丁堀の広島風お好み焼きを食べながら、思いついたように軽く、
「そういえば、別れるかもしれない。」とレモンサワーを飲んでいた。
わざわざ、新幹線で4時間かけて、伝えてくれる嬉しさと、それに少しは返答しなければならない厄介さで、瓶ビールを飲んだ。

大学1年生の語学の授業で出会った2人。
ひょんなきっかけで2人で遊ぶようになり、そのまま付き合った。
大学卒業を機に、彼氏は上京し大手企業でサラリーマン、彼女は地元兵庫でひとまず就職しフランス留学への未練を残す。
彼女の学生時代のフランス留学は、コロナ流行で、道半ばに倒れた。
その儚さと向き合いながら、兵庫で半年は働いた。
仕事を辞め、留学ビザを習得し、フランスに留学にいけることになった。
彼氏は、彼女のフランスでの夢を応援しておいた。一方で、2人での将来とを、天秤にかけていた。

よくある話だと思った。恋人は海外に旅たち、残された方は2人の将来が少し見えなくなり不安になる。そして、その不安を解消しようとするのも、日本に残された方だ。

「日本と違って、フランスの人たちは、みんな優しくて、一緒にいて本当に楽しいの。」
彼女の発言に違和感を持ってしまうという。それは、彼女が半年だけ勤めた兵庫の企業での立ち行かなさとストレスで、日本の働き方そのものを否定している気がするからだという。
フランスでの生活での希望と絶望の中に、恋人同士なはずの2人のことが介入する隙間がないことに、彼氏は焦っていた。

わたし「8時間も時差があったら、お互い、話し合えることも話しあえないでしょ。」
「電話だって、こっちは仕事終わりでかけて夜に真剣な気持ちになったって、向こうは昼間なわけでしょ。ゆっくりフランスの午後のティータイムだってときに、東京の恋人から、神妙に、俺たちどうしたらいいんだろうって言われたって、いやこっちはスコーンが美味しんだよってそれ以外になくない?」
フランスのスコーンが美味しいかは知らない。

「大体、恋人と別れる別れない、ってのは夜に話すじゃん、そういうもんじゃん。でも向こうは昼だから、テンションが違うから、どんなにこっちが熱量もって向き合ったって、あっちから真剣な返答は望めないでしょ。」
「ここで別れちゃうか、お前がすぐに仕事辞めてフランスに行くか、2つに2つだな。解決があるとすれば。ここで解決することもないとは思うけど」
恋人たちの問題の大体は解決する必要などない。
離れている時間が長くなれば、どちらかに別の好きな人ができて、自然と連絡の頻度も減って、気が付いたら別れている。もしくは、遠距離が解消されて愉快な日々に戻れるかもしれないから。本当は解決は必要ない。

大事にしたいことはわざわざ、広島まで来て、話しをしたいという心構えが嬉しかった。悩んでいるのなら、思うことは正直に伝えてもいい、と思った。解決しなくてもいい、という余白のことを信じ切れなかった。

広島出張が終わり、東京に戻ってきている。
彼は、ホルモンを焼きながら、またレモンサワーを飲んでいる。
「そういえば、別れました。」
「ああ、そう、また直接伝えてくれるのよね、まあ、わざわざLINEとかでいうことでもないか。」

彼氏と彼女の8時間の時差を、8時間の時差にしたのは誰だろう。
別れてもいいんじゃないみたいなこと言ってしまったかもしれない、という自意識過剰は必要ない。
ライフステージに焦り真剣を強要した彼氏か、
フランス留学のなかに恋人を定置できなかった彼女か、
もともとそこには8時間の時差があったのか。
時差なくとも広島とは4時間の時差がある。
12時間で会いにいけるフランス、8時間戻したら4時間。
まったく同じ4時間ではないけど。
フランスに会いに行ってしまえば4時間後を生きているはずの彼女。
けど、もう会わないから、ずっと8時間前を生きている。

わたしは、彼女がいつまでフランスにいるのかは知らない。
もう、彼も知らないと思う。


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