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読書感想

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読んだ本の感想。主に読書メーターから転載。たまに長いものも。
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2023年2月の記事一覧

読書感想-大本営発表(辻田真佐憲)

自分に不都合なことを報告するとき、つい言葉数が増えるのは世の常らしい。78ページに重い教訓がある。「焦る陸軍報道部は修飾語を乱用」

■「転進」「玉砕」――。けばけばしい発表文はやがて、撃墜や損失数のごまかし、捏造につながる。情緒が幅を利かせ、事実が軽んじられてゆく

■言葉で飾り立てて後に引けなくなり、日本は泥沼に足を突っ込んだ。報道に残された課題も大きい。今なら、止められるだろうか

■頼もし

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読書感想-嘘の戦争

ドラマ視聴後、はじめてノベライズ作品を読む。筋も構成も忠実なだけに、ドラマと小説の違いを考える題材になった

■冒頭。ドラマでは視聴者を引き込むシーンだが、いきなり多数の主要人物がそろい踏みでは、小説は厳しい。直接的な心理描写も多く、情景に重ねるなどすれば良くなりそうだとも

■もう一つは緩急である。台本に準じているからか、重要な場面とそうでない場面が同じテンポで進む。秘密が暴かれる場面、喜怒哀楽

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読書感想-「タタール人の砂漠」

読書感想-「タタール人の砂漠」

勤勉と無為は似ている。自分がする仕事の意義を誰かに任せて、ただ忠実に……

■舞台は、国境の砂漠地帯にある忘れられた砦。華のない職場で、誰もが千載一遇の機、すなわちタタール人が攻めてくる日を夢見ている。「無駄じゃなかった」と言えるその時を

■若い主人公が、環境に慣れていく様子がおそろしい。異動を望むのは、自らダメな奴だと認めることではないのか?――見栄を張るうちに数か月が数年になる。出世をし、居

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読書感想-ひと

読書感想-ひと

失うことは悪いことばかりじゃない。両手が塞がっていなければ、新たな出会いも受け取れる

■父を事故で亡くし、母を病で喪い、主人公は地元から切り離されて東京で暮らす。「不幸」と言うのは簡単だ。しかしこの作品はほのかに明るい

■前向きで素直な感性と、若さのためだろう。それはいつだって人生の味方だ。大望でないが、夢がある。人に何かを譲れる心の豊かさがある。だから助けてくれる人も現れる

■これは悲しい

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読書感想-果つる底なき

読書感想-果つる底なき

池井戸さんのデビュー作。銀行マンが殺人事件を解き明かすという設定が大胆だ

■「銀行ミステリ」の面白さは、無機質な数字とカネの流れから、愛憎と権謀術数が浮かび上がるところだ。半沢直樹にもつながるセンスを感じた

■一方、池井戸作品のテーマは意外と普遍的である。出世競争に呑まれる人、減点主義に怯える人、組織に良心を委ねた人たちの狂騒曲――。それは日本のサラリーマン全般に馴染みのある光景だろう

■銀

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読書感想-屍人荘の殺人

申し分ない謎解き。伏線も張られ、条件も事細かに設けられ、ゲーム的に楽しめるミステリだ

■舞台設定は大胆。大学生たちの夏合宿が、近隣のフェスで起きた「感染症テロ」で一変する。ゾンビに囲まれ、王道である「クローズドサークル」の状況が生まれる

■読者が謎を解くためのヒントや引っかけが散りばめられ、真相の可能性をさまざま想像しながら読み進められる。ミステリ好きなら十分堪能できるだろう

■個人的には、

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読書感想-看守の流儀

各章に小さな逆転。それらを積み重ねた一冊の終盤で、大きな逆転。よく練られた構成を楽しめた

■刑務所という、外から隔てられた場所を舞台にしている。読み進めるだけで、未知の世界を覗くよろこびがある。どんな取材をしたのだろう

■受刑者も刑務官も人間であるから、そこにドラマがある。「ガラ受け」は印象に残った。刑務所内の経緯だけでなく、過去の罪への苦しみと救済が濃く描かれていた

■更正とはいったい何か

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読書感想-推し、燃ゆ

肉体と精神が裏切り合う持ち悪さが、作品を貫いていた。いたたまれない気持ちにさせるのは筆力の証左だろう

■重くて、醜悪で、人並みに操れない肉体を持て余している。「推し」にのめり込む行動からは、肉体を捨て、美しい精神だけで存在したいという思考が透けて見える

■推しが炎上し、アンチが押し寄せる。恋人の影がささやかれる。ありがちな騒動だが、彼女には死活問題だ。理想世界は土足で踏み荒らされてゆく

■打

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