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本屋、はじめまして #4 本と喫茶 サッフォー ー前編

「本屋、はじめまして」について
オープンしたての独立書店の店主が、本屋を開くまでのリアルなお話を綴る本屋開店エッセイです。本屋をやってみたいなーとぼんやり思っている人の背中を一押しできるような、そして開店準備にとりかかってもらえるような記事をお届けしていきます。前編は本屋開店エッセイ、後編は一問一答&ブックレビューをお届けします。お楽しみに!


はじめまして。2023年6月、茨城県つくば市に「本と喫茶 サッフォー」をオープンした山田亜紀子と申します。サッフォーは、都心から離れた大型書店では見つけにくいジャンル(主にフェミニズム/ジェンダー/福祉)を中心に、絵本から学術書まで幅広く選書している街の小さなブックカフェです。

車椅子の人も移動しやすい広々とした店内。

アニエス・ヴァルダの映画に出会ったことがきっかけでフェミニストになり、お店を始める前は出版社の編集者、その前は独立系書店の書店員としてフェミニズム関連の書籍を売ったり、作ったりしてきました。ご存じのように紙の出版市場は年々衰退し続けていますが、「売る」と「作る」、どちらの立場でもこの業界の厳しい状況を日々実感していました。そんなわたしがなぜ開業を決意したのか、本屋に興味のある人へお届けできたらうれしいです。


書店員になる前はミシュランガイドにも掲載されたことのある都心のホテルで働いていました。しかし、ぜいたくなサービスを提供する行為は資本主義の奨励につながっていると感じるようになり、環境問題やフェミニズムの視点をもつ本屋への転職を決意したのです。その店には女性向けのフロアがあり、フェミニズムをはじめとした、社会で弱い立場におかれている人の声を掬い上げるような書籍が中心に扱われていました。表参道という場所がら来店者も多く、とても多忙でしたが、自分の思想にあった店舗での選書や棚作りにやりがいを感じていました。そして、自分の地元であるつくば市など、都心から遠いところにもこんな店があったらいいのに…と考えるようになったのですが、本の利益は1冊あたり定価の20〜30%くらい。しかも、当時のフェミニズム関連書は学術書が多く、非常に動きが鈍いジャンルでした。そのような事情から、つくばで個人の本屋を営むなんて、到底無理だと考えていたのです。

フェミニズムをはじめ、ジェンダー、障害者福祉、反ヘイトなどのジャンルの書籍が並ぶ。


その後縁あって、出版社に転職し書籍編集者に。開業当時から人権や反差別の関連書を刊行している出版社だったため、フェミニズムやジェンダーの企画も通りやすく、本づくりが社会運動につながると考えながら業務に取り組んでいました。ほどなくして、性被害を告発する「#MeToo運動」の盛り上がりもあって、気づけばフェミニズム関連書が次々と刊行されたり、文芸誌でフェミニズム特集が頻繁に組まれるようになったりと、出版業界でもフェミニズムが盛り上がりを見せるようになっていたのです。

出版社勤務時代に店主が創刊した雑誌『シモーヌ』。

エッセイや翻訳書など、わたしが書店で働いていたころよりも、はるかにバリエーションが増え、「生の数と同様に、フェミニズムも多様だ」と、あらためて実感するようになりました。そして、自分が企画したフェミニズムの書籍が新聞や雑誌等で紹介されることも増え、「もしかしたら地元でフェミニズムの書店が開けるかもしれない」と考えるようになったのです。


社会運動が盛り上がると、いつの時代もバックラッシュ(反動)が起こります。わたし自身も運動に関わっていましたが、多くの仲間が頻繁にオンライン・ハラスメントの被害に遭うようになり、心身ともに疲れ切っていました。孤立しやすいマイノリティにとって、インターネットは仲間とつながることができる重要なツールですが、ハラスメントによりその貴重な空間さえも奪われてしまっている現実を目の当たりにし、本づくりだけでなく、リアルな居場所づくりもしたいと強く思うようになったのです。


本だけではなく、オーガニックのハーブティーやコーヒー、雑貨も取り扱う。
フェミニズムの中でも多様なカテゴリーの書籍が並ぶ。

わたしはつくば市から東京まで毎日通勤をしていたので、茨城でデモをしたりコミュニティをつくったりすることが簡単ではない状況はよく分かっていました。だからこそ、都心から離れた地域に居場所が必要だと感じ、地元のつくば市に孤立した人どうしがつながれるようなカフェも併設した本屋をつくる決意をしたのです。


店のイメージはすぐに固まりました。フェミニズム、ジェンダー、障害福祉を軸とした、さまざまな運動が交差するブックカフェです。マイノリティの人たちが安心して過ごせる居場所にしたいため、目立つ立地である必要はありませんが、学生と障害者には特に利用してほしいと考えていたので、筑波大学と自立生活センターから近い1階の物件が必須条件でした。
自分がフェミニストになったきっかけであるアニエス・ヴァルダ監督の映画製作会社のロゴは猫がモチーフで、「良い町には猫がいる」ような気がしていたので、「ロゴは猫にしよう!」と即決しました。店名もヴァルダの愛猫の名前にしたかったのですが「ズググ」と発音しにくかったので、フェミニスト作家のヴァージニア・ウルフが飼っていた猫「サッフォー」に。ウルフは古代ギリシャの女性詩人Sapphoにちなんだようですが、サッフォーは同性愛者であったかもしれないと言われているため、店のコンセプトにマッチしていると感じています。

ロゴはイラストレーターの江戸川ずるこさんによるもの。

自己資金もあまりなかったため、飲食店の居抜きも必須条件です。3ヵ月くらい不動産に通い、カラオケバーだった現在の物件に出会いました。決め手は①大きな工事が不要だったこと、②お客さんと話せるカウンターがあったこと、③家賃が予算に近かったこと、④隣が障害者就労支援をしている印刷所「えんすい舎」だったことです(④については、本屋と印刷所は相性がよいと思い、あらたなコミュニティになる気がしたからですが、予想通りどちらも利用してくれるお客さんも多く、zineの印刷などもお願いしています)。

バーの名残を感じるカウンター、奥にはキッチンスペースが。
店主手づくり、ロゴのデザインのヴィーガンクッキー。

仮契約をして会社を退職し、すぐに融資申請の準備をはじめました。茨城県にブックカフェの事例がなかったため、金融機関が納得する事業計画書の作成に苦労しましたが、なんとか融資が通り、約3ヵ月後にオープンしました。フリーとして編集業務も並行していたため、開業準備は非常にキツかったです。


オープン当初はいくつかのメディアで紹介していただいたこともあり、忙しい日々が続きました。「こんな本屋がほしかった」「見たことがない本ばかり」といった声が多く、本屋を続けていく自信にもなりました。ひとりで来店するセクシュアル・マイノリティの方が多く、車椅子利用者も気軽に立ち寄ってくれ、意外なことに東京や千葉など都心に近いところから来店してくれる人もいて、「居場所」が求められていると日々実感しています。

トイレに続く段差にもスロープが設置されている。

現在はこの居場所をなくさないよう、いかに利益を出していくか、毎日試行錯誤しています。選書、料理やお菓子の仕込み、イベントの企画、zineの制作、編集など、業務に追われる日々を送っているため、体調管理とワークライフバランスをとることが現在の課題です。

ZINEは障害者就労支援事業の作業所でもあるお隣の印刷所「えんすい舎」で刷られている。

社会運動を盛り上げ、居場所になる本屋としてのあり方を模索しながら、サッフォーを次の世代に引き継げるよう、店とともに生き延びていくことがわたしの目標です。




本と喫茶 サッフォー
住所:〒305-0005 茨城県つくば市天久保1丁目15番地11 アイアイビル 104号室(つくばエクスプレスつくば駅から徒歩17分)
営業時間:11:30〜19:00(金曜 11:30~22:00/土曜 12:00〜19:00 )
※イベント等で営業時間が不規則なため、ホームページの営業カレンダーをご確認ください。
定休日:月曜・火曜
HP・SNS:https://linktr.ee/bookcafe_sappho


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