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コロナの荒野を前に 松尾スズキが放つ新作ミュージカル『フリムンシスターズ』

松尾スズキが新作を上演する、しかも、それが20年ぶりの新作ミュージカルで、長澤まさみと秋山菜津子と阿部サダヲによる女3人(?)の友情を描くと言われたら、楽しみにせざるをえません! ということで、松尾スズキにインタビューを決行! 多くの舞台公演が中止になり、演劇人の発言へのバッシングも相次いだステイホーム期間。松尾自身、出演公演が中止になり、芸術監督を務めるBunkamura シアターコクーンでも公演が軒並み中止に。新作についてはもちろん、松尾がそんな演劇界の現状、そしてこれからをどう考えているのか、お話を伺ってきました。

取材・文/末光京子 撮影/梅原渉

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COCOON PRODUCTION 2020『フリムンシスターズ』

松尾スズキBunkamuraシアターコクーン芸術監督就任後初の書き下ろし作品。2000年初演の『キレイ-神様と待ち合わせした女-』以来、20年ぶりとなる待望の新作ミュージカルが誕生する。故郷・沖縄を捨て東京・西新宿で無気力に暮らすちひろ(長澤まさみ)が、かつての大女優・みつ子(秋山菜津子)と出会ったことから、みつ子の親友でゲイの自称「2億円のオカマ」ヒデヨシ(阿部サダヲ)も巻き込んで、歌って踊って、その上、なぜか戦うことにもなる一大エンターテインメント!

作・演出:松尾スズキ
出演:長澤まさみ、秋山菜津子、皆川猿時、栗原類、村杉蝉之介、池津祥子、猫背椿、笠松はる、片岡正二郎、オクイシュージ、阿部サダヲ ほか

東京公演:10月24日(土)〜11月23日(月・祝)Bunkamuraシアターコクーン
チケット発売 9月19日(土)
大阪公演:11月28日(土)〜12月6日(日)オリックス劇場
チケット発売 10月11日(日)

詳細はオフィシャルホームページまで。

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長澤まさみさんにはバカっぽい演技が
似合うんじゃないかと思ってます(笑)

――「フリムンシスターズ」は、松尾さんがシアターコクーンの芸術監督に就任されてから初めての新作となりますが、いつ頃から始動した企画なんですか?

芸術監督を引き受けることになって、その第1弾の新作をどうしよう、みたいなことで考え始めたんだったと思うんですけど。まず、音楽劇がやりたい。で、その時に『キャバレー』(※)で一緒にやった印象が非常に良かったんで、長澤(まさみ)さんと新作がやりたい、と。それで、秋山(菜津子)さんともずーっと新作をやってなかったんで機会を探っていたし、もちろん阿部(サダヲ)には出てほしいっていうことで、その3人が絡む友情の話が書きたいな、みたいなところが始まりですよね。

※世界中で繰り返し上演されている傑作ミュージカル『キャバレー』を松尾が演出。2007年、2011年に上演。2011年版では長澤が主人公の歌姫、サリー・ボウルズを演じた。秋山もシュナイダー役で出演。

――とても魅力的なキャスティングですが、松尾さんが考える3人の魅力を教えてください。

長澤さんって、本当に“飾らない女優”だなって感じていて。それは『キャバレー』でご一緒した時もだし、他の出演作を観た時にも感じるんですけど。そもそも素材がめっちゃいいじゃないですか。それで、その素材を変に飾らずにドーンとそのまま出せるというか、そういう大きさを持っている女優なんです。しかも、歌と踊りもできる。音楽劇をやろうって思った時に彼女のために新作を書き下ろしたいっていう気持ちにそれはなります。秋山さんとは『キャバレー』で共演してもらったんですけど、今度はそんな長澤さんを阿部みたいに強度を持った俳優と一緒に絡ませたらどうなるかっていうのにすごい興味があって。僕は秋山さんと阿部には全幅の信頼をおいてますから、そこに長澤さんに飛び込んでもらって、その3人のやりとりの中でどんな化学反応が起きるのかっていうのが楽しみだし、3人とも歌えるし踊れるし、今、ベストなトリオなんじゃないかなと思います。阿部もね、脂がのりきっている上に中年の渋みみたいなものも身につけ始めていて、今回はど真ん中のゲイの役なんだけど、どう演じきるのかっていうのは楽しみではありますね。

――長澤さんは松尾さんのオリジナル作品には初出演となります。長澤さんのどういう部分を見せたいと思ってキャラクターを作られたんですか?

こんなこと言ったら失礼かもしれないんですけど、長澤さんにバカっぽい演技をさせてみたいって欲があって(笑)。何故だかはわからないけど、バカっぽい演技が似合うんじゃないかなって思っています。バカが見たい。それをどううまく傷つけずに伝えられるかがわからないんだけど(笑)。

――今作のテーマはどんなところにあるのでしょうか。

日頃から「不自由」に対する苦しさというのを感じてて、それはひとつの怒りとして自分の中にあると思うんですけど。長澤さんだったり、秋山さんだったり、阿部だったりっていう三者がそれぞれ抱え込んでいる不自由や、自分を縛りつけているもの、そういうものが出合うことによって、欠落したピースがバチっとハマって一歩前進できるような化学反応が起きるっていうことがテーマのひとつとしてあるかなと思いますね。この3人が感じている不自由は、過去の恋愛に囚われていたりとか、妹を車庫入れで跳ねちゃったとか、先祖に取り憑かれてるとか、いろんな理由があるんだけど、それがうまく噛み合って逆にエネルギーが生まれる瞬間が見たい。その瞬間に感じるカタルシスっていうのは、ミュージカルをやる時、僕としてはどうしても欲しいなって。それは、今のコロナの気分も世界から感じる不愉快さも自分の中にもちろん影を落としてはいるんですけど、劇場にいるひとときだけでも開放されたいという気持ちというか。今は俺ですら不自由に対して黙ってるわけにはいかない、みたいなところはありますね。

――タイトルの「フリムン」とは沖縄の方言で「気がふれる」とか「狂ったような」とか「バカ」を意味する言葉だそうですね。

僕としては「このままだと狂うぞ」みたいな気分で使ってますね。昨今のニュースとかを見ていると、新しい狂気みたいなものが生まれつつあるんじゃないかなと思っていて。怖いなっていうか、ある種の狂気にでも取り憑かれない限り、ある種の呪縛からは逃れられないのかって、そんなことも考えたりしているんです。僕は自分の芝居の中で“答え”っていうのをあまり出すタイプではないので、「ここから先は皆さん考えてください」っていう話なんですけど。

――シアターコクーンで上演されてきた松尾作品というと、架空の世界や時代劇など壮大でファンタジックな設定が多かったですが、今作の舞台は西新宿というかなり具体的で限定された場所ですね。

シアターコクーンでやってきた僕の作品ってスペクタクルものが多くて。架空の国での戦争だったり、幕末の歴史物とか、話がワッと広がっていくものが多かったんですけど、新しいものを作ろうと思った時に、今回は西新宿というギュッとしたリアルな土地の中でファンタジックなことが起きるみたいなことで新しさを出していきたいなと思ったんです。小さな世界の中の話なんだけど、掘り進めていくと、その中には横穴があったりして最終的に大きな広がりがある、みたいなミュージカルを作ってみたかったんですよね。

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『キレイ』を20年かけてブラッシュアップ
したからこそたどり着いた作品

――当初は音楽劇の予定だったのに、自粛期間中に時間がたっぷりあったことからミュージカルになったと伺いました。

ミュージカルっていうと20曲は歌詞を書かないといけないんですけど、20曲も書くのはすごく大変で。ダンスの振り付けもあるし。で、どうしようかなと思っていた時に、よくも悪くも時間が出来てしまったんですよね。じゃあ、それを災い転じて福となせっていう闘う気持ちでミュージカルにしようと決心しました。

――2000年に初めてのミュージカル『キレイー神様と待ち合わせした女ー』を上演、その後、3度『キレイ』を再演されて、今作が20年ぶりの新作ミュージカルとなりますが、ミュージカルへの想いは変わりましたか?

『キレイ』という一つのミュージカルを繰り返しブラッシュアップした作業っていうのが僕の中ではすごく重要で。それをやらない限り、新しい土台のしっかりしたミュージカルは作れないなって思っていたので、それをやっていたら20年経っていたっていう話でもあるし、逆にもっと新作は先になるかと思っていたけど、コロナ禍で時間ができたせいで、そこにガッツリ取り組むことができるってわかったとき、今しかないっていう思いにはなりましたね。この20年で、僕の中でミュージカルというものへの距離が近づいたからこそ、舶来のミュージカルでは決してできないことをやりたいし、それを日本人はやっていかなきゃいけないだろうと思ってますしね。

――松尾さんが考える“日本人ならでは”のミュージカルってどんなものなのでしょうか。

たとえば、旋律ですよね。日本のミュージカルもいろいろ観てきましたけど、ロック調だったり、いわゆるミュージカル調だったり。もちろんそれはそれでいいんですけど、日本人にしか出来ない旋律があるんじゃないかっていう思いがあって。そう考えると、沖縄音階っていいなと思って、今作の主人公を沖縄生まれにしたんです。最初は、“何を歌っても沖縄音階になる女”とかを考えていて(笑)。結局、そうはならなかったんですけど、沖縄の旋律みたいなものは全編にわたってちょっとずつ入れています。和の旋律だと、どうしても昭和歌謡っぽくなったりとか、長唄みたいなとっつきにくい感じになっちゃうんですけど、沖縄の旋律は適度なエキゾチック感があっていいんじゃないかって思ったんですよね。エキゾチックではあるんですけど、紛れもなく日本の音楽ではあるので。

――現在は劇場も満員には出来なかったりと制限のある状況で、新作に着手できることへのお気持ちはいかがですか?

絶対にお客さんから感染者を出したくはないので、ずっと感染者数に一喜一憂してたんですけど、正直どこまで気をつければいいんだろうっていう先の見えない不安は拭えなくて。そういう不安はこのまま、憑依霊というか、自分に取り憑いたまま生きていかなきゃいけないんだろうっていう諦めというか、期待しないっていう強さを身につけて生きていかないといけないのかなって思いますね。今回は特にですけど、今は時代の気分がモヤモヤしていて、フラストレーションが溜まりきっていると思うんです。だから、せめてこの舞台においては、お客さんにすっきりした気持ちで劇場を出て欲しいなっていう願いで、状況が厳しい分、今回は珍しくハッピーエンドに近い終わり方をしています。自分の中でかなり珍しいですね、この終わり方は。

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コロナの荒野を前に
松尾スズキが考える演劇とは

――ここからはコロナ禍の演劇について、松尾さんに伺いたいと思います。

うーん。嫌だなー。

――松尾さんは出演予定だった舞台『もうがまんできない』が公演中止になり、その前から濃厚接触者として自粛生活をスタートされました。率直にその時の心境はいかがでしたか?

やっぱり不安もあったし、不安と退屈が波状に日常の中に訪れるっていう稀有な体験をしましたね。どうしても体温とか気になるし。他の人はどうなのかわからないですけど、コロナをすごくリアルに感じていました。感染すると、家族やら会社やら、ねずみ算式に拡がるのかなとか、そんなことまで考えていかないといけないんだなっていう。明らかにインフルエンザとは違う。

――自粛期間中は演劇界でもリモート演劇など、いろいろな新しい動きがありましたが、そういうものに触れる機会はあったんですか?

見ましたけど、定着していくものではないんじゃないかなと思いましたね。でも、「生きてるよ」っていうことは言い続けないといけないから、やるべきだとは思いましたけど、僕はできなかった。むしろ、zoomを使って河井(克夫)くんとブロスの新しい連載(チーム紅卍の「電気じかけの井戸ばた会議」)を立ち上げたことは楽しかったな。久しぶりに河井くんとモノを作ってるなっていう気持ちになれて。生きてるって感じがした(笑)。

――ブロスの連載が松尾さんに生きてる実感を与えられたのなら光栄です! でも、リモート演劇的なことに挑戦しようとは思わなかったんですね。

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