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【無料】 川田十夢(著) 『拡張現実的』 試し読み マツモトクラブが選んだ3篇

川田十夢(著)『拡張現実的』の中から、芸人マツモトクラブが選んだ3篇を試し読み。マツモトクラブさんによる書評もこちらで読めます。あわせてどうぞ。

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撮影:池本史彦

まつもとくらぶ ● 芸人。1976年生まれ、東京都調布市出身。ソニー・ミュージックアーティスツ所属。東放学園放送専門学校を卒業後、劇団シェイクスピア・シアターに入団、俳優として活動。退団後、芸人に転身。ピン芸人として、2015年から2019年まで5年連続で『R-1ぐらんぷり』決勝進出。テレビ東京『ゴッドタン』の企画「ネタギリッシュNIGHT」第4回大会で優勝。現在YouTubeとnoteにて「ロッキー川越の《たけのこレディオ》」を放送。また、川田十夢がナビゲーターを務めるJ-WAVE『INNOVATION WORLD』のラジオコントコーナー「週刊テクノコント」に作・演出・出演として参加中。


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雨の日の公園は、美しい。


5才くらいだっただろうか、母親に手をひかれて近所の公園へ出掛けた。あらゆる遊具の前には、はち切れんばかりの破天荒が列を為していた。彼らの振る舞いは、暴徒といってもいい。列は列の意味を為している訳ではなく、強いものたちが弱いものたちの頭を踏み越してゆくためのシステムでしかなかった。「ほら、あなたもみんなと遊びなさい」僕はすべり台の列に入れられた。順番は守るものだと、教育されてきた。無闇に人の頭を叩いてはいけないし、ましてや踏み越えてはいけない。人の気持ちを考えて行動しなくてはいけない。守るべきものを守っていたら、いつまで経っても順番が回ってこない。さっき滑り終えたばかりの破天荒が、悪びれもせず僕の順番を抜かしてゆく。それに対して、僕は何も言えない。言葉が通じない連中に、何を話しても無駄だと思ったのかも知れない。単に、気が弱かっただけかも知れない。でも、自意識だけは一人前で、こっちを見ている母親には心配をかけたくない。少しでも楽しんでいる雰囲気を出したくて、抜かされる度に「僕が順番を差し出した」みたいな顔をしていた。結局、その日は一度もすべり台を楽しむことなく、帰った。酷く疲れた。

いつしか、僕は雨の日の公園に一人で出掛けるようになった。誰もいない静かな公園。遊具に雨があたる音まで、はっきり聞こえる。砂場からは埃ひとつ立たない。退色していたジャングルジムやすべり台が、新品みたいにキラキラしている。もちろん、破天荒も存在しない。しようと思えば遊具は独り占めできる。でも、しない。雨の日の公園は、雨のものだから。

雨のものと化した公園でも、想像することはできる。僕は順番を守って、想像の中で全ての遊具に触れることができる。ブランコを漕いで、勢いをつけたまま空高く飛ぶ。ジャングルジムのてっぺんに着陸して、するすると鉄骨の合間をくぐる。すべり台を逆走して、アーチになった部分でくるくると回転。勢いよくすべり台を頭からすべり下りる。勢い余って地面を突きやぶる。真っ暗闇の地下は、意外にやわらかい。素手で地層を掘って上ったら砂場に出て来た。手の平に残っていた、地下にしか存在しない特殊な泥。泥だんごを作って、空に向かって放り投げる。雲が一気に晴れて、太陽が顔をのぞく。光が遊具にふりそそぐ。公園に大きな虹がかかる。そんな他愛もない想像を、雨の日の公園は許容してくれた。

雨の日の公園は、美しい。それだけ書かれたメモを読み返して、思い出した。そう、僕は雨の日の公園が好きだった。弱きもの、でも正しいもの。その他愛もない想像を宿せる公園が、この世でいちばん美しいと思った。それを、思い出した。

<初出:フイナム 2012年11月10日>


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738文字で、セルフブランディングを終わらせる。


セルフブランディング日和。セルフブランディング初め。セルフブランディング修行。セルフブランディング痛。セルフブランディング筋。セルフブランディング仲間。セルフブランディング部。セルフブランディング部全国大会予選突破。セルフブランディング部にマネージャー入部。セルフブランディング欲。セルフブランディング部マネージャーをめぐり、部長とキャプテンが対立。セルフブランディング覇権争い。セルフブランディング負傷。セルフブランディング危機。セルフブランディング熱血教師が、新しい顧問として配属。セルフブランディング熱。セルフブランディング全国大会優勝。セルフブランディング部員が大会に集中している間、セルフブランディング熱血教師がマネージャーに放課後セルフブランディング。セルフブランディング乱用。セルフブランディング中毒。セルフブランディング漏れ。セルフブランディング疲れ。若者のセルフブランディング離れ。
中年のセルフブランディング日和。中年のセルフブランディング初め。中年のセルフブランディング修行。三日遅れでやってくる、中年のセルフブランディング痛。中年のセルフブランディングがワイドショーで話題に。セルフブランディング益。セルフブランディング枠。セルフブランディング市場。中年のセルフブランディング欲。中年のセルフブランディング乱用。中年のセルフブランディング中毒。中年のセルフブランディング離婚。中年のセルフブランディング疲れ。中年のセルフブランディング太り。中年のセルフブランディングから糖分検出。中年のセルフブランディング臭。中年のセルフブランディング離れ。
セルフブランディング不況。セルフブランディング破産。セルフブランディング解散。アンチ・セルフブランディング日和。

<初出:TV Bros. 2012年11月24日号>


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時代が抱える無理難題は、
エンターテインメントで解決する。


言葉でどうにかしてやろうという連中の言葉に、ひとつもグッと来ない。書いた通りに書いた場所で動作するから、なんなんだ。画面のなかで機能しても、現実の心が軽くならなければ意味がない。暴力でどうにかしてやろうという連中のテロ行為も同じ。言葉は言葉を越えない。暴力で暴力は消えない。特徴点も特徴量もない。身も蓋もなく露骨な一本調子。密度を肌でセンスしてない。偶然と必然の見分けがつかない。矢印がまとまらない。

母が倒れて、九ヶ月が過ぎた。医療の現場からすると、生きるとも死ぬとも治るとも判断できない状況だという。転院を続けざるを得ない。定着しない病室。表情豊かだった頃の写真が、転院のたびに並べ直される。母はよく笑う人だった。それがうれしくて、出来事を凝縮して話すようになった。ラジオの仕事も、書く行為も、プログラムで誰かを楽しませようとする気持ちも、ぜんぶあの人の存在が起点だ。あの豊かな表情を、まだ再現することができない。それが、毎日悔しくて仕方がない。

モニュメントは、過去の記憶を忘れないためになるべく大きく建造される。通りすがりに見つけた美しいものは、あなたから見たら何でもないものかも知れない。だから、リボンをつけて、贈り物だとわかってもらう努力をする。写真がまだ貴重だった頃、大切な人の残像を特殊な紙に焼き付けて、ペンダントに忍ばせた。待ち受け画面とは逆の構造。この気持ちを隠すでもなく、シェアするでもなく、実装に充てている。きゃりーぱみゅぱみゅが腕に装着した筋電センサーは、紗幕に投影された巨大な大仏と接続。三千人の熱狂を導いた。微弱な脳波から表情を取り出すことだって、やがて出来るようになる。シャイにならもうなり飽きた。踊ろう。ハイになれ、あの交差点から始まった。

<初出:TV Bros. 2017年6月17日号>

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<書籍情報>
川田十夢(著) 『拡張現実的』

発行:東京ニュース通信社
発売:講談社 
本体価格:1,500円+税

2011年4月〜2020年2月まで、雑誌「TV Bros.」でおよそ10年間にわたって連載されたコラム初の単行本化。通りすがりの天才・川田十夢が、言葉と文体によって事象の拡張を試みた文学的スケッチ。創作のアイデア、未来への提言、過去のサンプリング、現在芸術論、クールな時評からハートウォームなエッセイまで、膨大な思索が濃縮して綴られた高密度テクストの集大成。

かわだ・とむ ● 1976年生まれ。熊本県出身。通りすがりの天才。1999年にミシンメーカーへ就職、面接時に書いた「未来の履歴書」に従い、全世界で機能する部品発注システムやミシンとネットをつなぐ特許技術発案などを一通り実現。2009年に独立、やまだかつてない企画開発ユニット「AR三兄弟」の公私ともに長男として活動を開始。主なテレビ出演番組に『笑っていいとも!』『情熱大陸』『課外授業 ようこそ先輩』『白昼夢』『タモリ倶楽部』など。主な拡張仕事は、ユニコーンやBUMP OF CHICKENとのコラボレーション、真心ブラザーズのMV監督・出演、新海誠監督のアニメーション作品のAR化など多岐にわたる。現在はJ-WAVE『INNOVATION WORLD』のナビゲーター、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査員を務める。

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