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【5月号 特別企画】「今、日記が読みたい」04 植本一子(写真家)【コラムフェスティバル①】

なんだか今、めちゃくちゃ日記が読みたい。

きっと一生に一度レベルであろう、この特殊な状況下で皆どう過ごし、どんなことを考えているのか。まずそれが気になるし、人と会う機会が減った寂しさから「肌触りを感じる文章」に触れたくなった、という気持ちもある。そんなわけで、個人的に気になる人たちに約1週間の日記を書いてもらった。

今回の書き手は、写真家・植本一子。コロナ禍で変わりゆく日常を記録した日記『個人的な三月 コロナジャーナル』を出版したばかりの彼女に、外出自粛がすっかり日常となった5月の日記をつづってもらった。

編集/前田隆弘
カバーイラスト/スッパマイクロパンチョップ

うえもと・いちこ●1984年、広島県生まれ。写真家、作家。2003年にキヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞。写真家としてのキャリアをスタートさせる。2013年より下北沢に自然光を使った写真館「天然スタジオ」を立ち上げ、一般家庭の記念撮影をライフワークとして行なう。著書に『家族最初の日』『かなわない』『家族最後の日』『降伏の記録』『台風一過』など。2020年4月、コロナの雲行きが一気に怪しくなった2020年2月末から3月末までの生活をつづった日記『個人的な三月 コロナジャーナル』を自費出版した。
ichikouemoto.com


5月12日 火曜 晴れ

昨日ヨドバシから届いたヨーグルトメーカーで作ってみた自家製ヨーグルトで朝食。9時間で完璧にヨーグルトが出来ている。ここ最近は自炊も極まれり、という感じで、保温バッグとホッカイロを使って納豆まで手作りしてみたりもした。しかし私は今、にぎりたての寿司が猛烈に食べたい。自粛要請を割と真面目に守っているので、外食は何週間もしていない。

昼間は提出前の原稿の推敲作業。3月の日記を自費出版で最近出したのだが、それ以降の4月、5月と、いろんな媒体から日記の依頼が舞い込み、なんだかんだで日記を書き続けている。ウェブで読めるものが、She is一日遅れ日記、来年出る予定の文芸誌、そして何人かのコロナ禍での日記を集めた本用のものが昨日書き終わり、今日からはTV Bros.用の日記に取り掛かることに。1週間何が起こるかわからないので、何を書くことになるのかもわからない。何もなければ、何もないということを書けばいいだけなので、日記って無限大なのだ。ただし、何もない日って1日もない。


午前、郵便局へ行くついでにスーパーへ。郵便局は、6月に予定されていた演劇のチケットの払い戻しのために、特定記録郵便で発券したチケットを送らなければいけないのだ。発券したコンビニに行けばその場で返金してもらえるらしいのだが、3月に出張で大阪へ行った時に発券したものだったので、事務局へ郵送の方法をとることにした。演劇が観れる日はいつ来るのだろう……。4月、5月に行く予定にしていた演劇は全て中止になった。

スーパーは、なるべく3日に一回という小池百合子の言いつけを守ろうとも、もはや思わなくなってきた。昨日の都内の感染者数は11人。ゴールデンウィークも明け、晴天が続いていることもあるせいか、外には人の姿が多く感じる。もういい加減みんな自粛に疲れたのだろう。私なんかは外に出るのが怖いけれど、もう家にいるのも懲り懲り、という感じ。買い物に行く自由くらい、と思いつつも、ごった返す店内を見ると、どうにも入る気にはなれない。いつも行く小さなスーパーで、さっさと買い物。冷凍するために豚肉を多めに買う。10%引きのするめいか、がんもどき、大根、レタスなど。

夕飯はスルメイカとがんもと大根の煮物、ピーマンのきんぴら、鳥手羽先の味噌汁、白ごはん。肉を味噌汁の具にするのにハマっている。

子供達が常に家にいることにも慣れたが、原稿を書いたり本を読んだり、集中したい時と子供達が静かになる時間のタイミングが合うことは少ない。池澤夏樹の長編小説が友人から送られてきて、なにげなく読み始めたが、あまりに面白くて止まらなくなり、読みたいがために、一刻も早く寝てくれ、と強く念じる。


5月13日 水曜 晴れ

今日は歯医者を2件はしご。15時半に予約した下の娘の近所の歯医者に付き添い。本当は娘一人で行けるのだが、この後別の歯医者を家族全員で予約しているので、3人で移動。小さな待合室に置いてあった新聞を読みながら上の娘と待っていると、助手の女性が出てきて、換気しますね~と窓を開けていた。次回の予約は2週間後で良いと言われ、どうせまだ休校中だろうと午前中を予約。自転車で次の歯医者へ移動。ここは矯正歯科専門の歯医者さんで、月一で通っているのだ。私が2年前に矯正を始め、娘たちは1年ほどになる。私はブラケットと呼ばれる装置を、ある程度歯並びが揃った今年の初めに外したが、娘二人は夜間だけのマウスピースで矯正をしている。予約した時間の少し前に着くと、入り口のドアがストッパーで開けてあり、院内の様子がいつもと違うことに気づいた。すぐに体温などを書き込む問診票が人数が渡され、コロナについてのあれこれが、はい・いいえで答えるようになっている。どれもいいえだが、書き込むためにソファに座ると、横に置いてある雑誌類には布が掛けられていた。目の前にある本棚にはビニールテープが貼られ「貸し出しは中止しています」と紙が下がっている。前回来た時はこんな風にはなっていなかった。待ち時間にここの本を読むのを娘たちはいつも楽しみにしている。読み込まれた児童書が山ほどあり、先生のセンスなのか、育児指南書から古いレシピ本、哲学書、ぼのぼの全巻と神谷美恵子が並んでいる。矯正を始めようと思った時、近所のいくつかの歯医者へ話を聞きに行ったが、ここに決めたのはいくつか理由があった。家から通えるとか、説明がわかりやすかったとか、院内の様子とか。それでも、一番の理由は先生が女性だったからだろう。サバサバしているけれど、安心感を感じたのだ。

そんな先生も今日は透明なフェイスガードをしている。これも前回はなかったものだ。作ったんですか?と聞くと、いえ、既製品です、とピシャリ。1ヶ月前に来た頃は感染者が200人を超えた日もあり、緊急事態宣言も出たばかりで、こんな時に歯医者へ行ってもいいのだろうか、と不安に思いながらここまで来たことを思い出した。感染者もずいぶん減ってきたこともあってか、街は通常運転に戻りつつあるように感じる。天気も良く、開放感があるからだろうか。このままなんとなく、コロナ以前の日常に戻るのだろうか。以前とは決定的に何かが違う日常に。


夜、豚汁とレタスと新玉葱のサラダを用意し、何かおかずが足りない気がしてじゃがいものガレットを作ることにした。じゃがいもを薄くスライスしてそれをさらに千切りにする。途中まで終えて、千切り用のスライサーを使えばよかった、と思い出す。結構太め。水にさらさず油をしたフライパンいっぱいに敷き詰め弱火で焼き始める。じゃがいもがじりじりと言っているので、下の娘に「じりじりって何の音でしょ~うか」と台所からクイズを出すと、少し考えた末に「死が近づく音!」と答えた。彼女はもうすぐ10歳になる。


5月14日 木曜 晴れ

池澤夏樹『光の指で触れよ』読了。約600ページを夢中になって読み終わった。こんな分厚い本、絶対読みきれない……と思っていたのだが、面白くてほぼ一気読み。そして読み終わった途端にこの小説の前日譚らしい作品をAmazonで即注文。新品が一時的に在庫切れとなっていて、セラーセントラルで古本を。一刻も早く読みたかったのだ。本当はAmazonを使いたくないけれど……と言いつつも、この緊急事態宣言中に、子供達がお小遣いでシルバニアファミリーの小道具(いつも掃除機で吸い込みそうになる)を買ったり、私も粘土を買ったりと、何度か使っている。

あまりに面白い本だったこともあり、読むことに弾みがつき、借りっぱなしで手をつけていなかった村上春樹『猫を棄てる 父親について語るとき』を読み始める。こちらはエッセイで100ページと少ない上に、行間ガラ空きの文字大きめだったので、それこそすぐに読めた。池澤夏樹がすごすぎて、村上春樹をデザートの様に感じてしまったが、上質なデザートではあった。今年私もエッセイ集を出す予定になっているが、全く書き進めておらず、日に日に追い詰め……られもしない程のんびりしている。が、村上春樹を読んで、エッセイの書き方を教わっているような気持ちに。

子供達は週の初めに学校から配られた時間割を守りつつ、頑張って勉強を進めている。上の娘は私のところへちょくちょくパソコンを借りにきて、オンライン授業というのか、何か学校のホームページ上にアップされているものを見ながら課題を進めているらしい。パソコン相手に英単語を繰り返していて、その発音が上手で驚く。


夜、ロイヤルホストが不採算店約70店を2021年12月までに閉店するとの西日本新聞の速報記事がネットに上がっていた。23歳の時、ロイヤルホストお台場店のキッチンで働いていた。妊娠したタイミングでつわりがひどくなり辞めたが、最後にアルバイトをしたお店だ。キッチンの端にある、サラダ場と呼ばれていたサイドメニューを作る担当だった。フライヤーも担っていたので、フライドポテトやパーコー麺のパーコーを、オーダーによってタイミング良く揚げなければいけなかった。夏休み期間中は本当に忙しかった。キッチンからの目線の先にはレインボーブリッジがよく見えて、「なんでこんなに天気のいい日に、私はここにいるんだろう」としょっちゅう考えていたのを思い出す。


5月15日 金曜 曇り

夕方、下の娘がUber Eatsを注文したいと大泣き。前々からやってみたいと言われていたのだが、なんとなく注文する気になれず、いつもはぐらかしていた。「でもお金かかるよ」という私の一言でスイッチが入ってしまい「みんなで美味しいものを食べたかった!」と泣きながら訴えてくる。お金のことを言うのは反則だ。子供にとってどうしようもないことを引き合いに出すのはいけない。しかしこれを言えば黙るだろうな、と思ったのも確かだ。そして、Uber Eatsはきっかけでしかなく、娘のなかで随分ストレスが溜まっていたようにも思う。何しろもう3ヶ月弱学校に行けず、外に出ることもままならない。ストレスがたまらないわけがない。そのストレスの吐口にされるのに私も疲れてきている。

昼間買い物に行かなかったので、冷蔵庫にあるもので夕飯作り。大根と豚バラ肉の煮物、新玉葱とかぶの味噌汁、人参のラペ、きゅうりとワカメの酢の物、白ごはん。お肉は冷凍してあるのでいいものの、野菜室が空いてくると不安になる。しばらく天気が良かったが、明日は雨が降るらしく、最高気温も今日より10度下がると天気予報にある。仕方ない、と夜のスーパーへ。自転車で店に向かっている途中で、マスクをし忘れていることに気づき、自分で自分に驚いた。世の中が通常運転に戻りつつあると懸念していたくせに、全く人のことを言えない。引き返すわけにもいかず、口を開けないつもりで店内へ。20時前ということで空いているかと思いきや、結構人がいる。ほとんどの人がマスクをしているものの、していない人もちらほら。野菜を中心にいろいろとカゴに入れ、いつもならレジで葉付き大根の葉の部分を切ってもらうのだが、マスクをしていないのでお願いできず。カゴから大根の葉っぱをゆさゆさ揺らしながら帰った。大根の葉っぱはいつも甘辛く炒めてふりかけにする。


家に着くとちょうどミュージシャンの友達(北里彰久ことビーサン)がインスタライブでアコースティックのライブの配信を始めたところだった。元気そうな姿が見れて嬉しいのと、なぜか「おぉ、生きてる」と思ったのが自分でも不思議だった。もう生身の友達とずいぶん会っていない。


5月16日 土曜 雨

9時半起床。起きてすぐに雨が降り出した。今日は1日雨らしい。

お昼ご飯に、熊本から送られてきた豚骨ラーメンを作ってみる。石田さんのファンの人で、お葬式に行けなかったと、共通の友人を介して香典をもらったのがきっかけでやりとりが生まれた。今回は自分が店長として働いているラーメン屋さんのお持ち帰り用を郵送で送ってくださったのだ。美味しい、ありがたい。緊急事態宣言が出てから、何かと食べ物が送られてくることが多かった。広島牛、岩手のヨーグルト、代々木上原の冷凍餃子、福岡の鯖鮨。今日は沖縄出身のコラムニストの伊是名夏子ちゃんがすいかを送ってくれた。なっちゃんは今帰仁という場所の生まれで、そこはすいかが有名らしいのだが、今は観光がストップしていてホテルに卸せないらしく、在庫が大量発生しているのだとか。「もったいない。(農家を)助けたい、と県内外から注文が殺到している。」という琉球新報の記事をネットで見たが、なっちゃんもその一人だ。カレー屋を営んでいる友人は、今もお店を閉めているけれど、ネット通販を始めるために準備中。試作を食べてみて、と冷凍したものを送ってくれたが、先行きが見えず不安そうにしている。とにかく国の動きも、お金の支給も遅い。私も持続化給付金をオンラインで申請したが、いつ振り込まれるのかわからず、ちゃんと振り込まれるかも怪しいと思っている。


午後、注文していたTシャツが工場から大量に届いたので通販用の発送作業。石田さんが死んで3年目だが、毎年ECDの新作Tシャツを出している。今年は2015年にリリースしたアルバム『Three wise monkey』のジャケットの絵(医療従事者がマスクをしようとしているところ)をバックプリントにし、表には「silence kills you」と入れた。名付けて、黙ったまんまじゃ殺されるTシャツ。石田さんが生きてたら、今の政権についてなんて言っただろう、とよく考える。なんとなく昔の曲が聴きたくなり、CDを押入れから引っ張り出してきてパソコンに取り込んだ。ECDの初期の作品はまだサブスクで配信されていないのだ。みんながいつでも聴けるようにサブスク化に向けて動き出したものの、こうしてECDの音源を聞いたのも数年ぶりなことに気がついた。石田さんが死んでから、声を聞くのが嫌で避けていた。Tシャツを畳んでビニールに入れながら、ECDのラップを聞いていると、今日まで聞けなかったのが不思議に感じた。それでも「やっとここまできた」とも思った。


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5月17日 日曜 晴れ

最近の東京新聞をチェック。ここ3、4日はなんだか読む気になれなかったのだ。ツイッターのタイムラインを追いかけてはいるが、時々それも疲れてやめてしまう。今、ネット上はもっぱら#検察庁法改正に抗議します。大事な時だ。

今日の一面には、給付金の申請を代わりにしてくれる民間業者が増えていて、それには高い手数料が中抜きされるとの記事。私は持続化給付金をオンラインで申請したが、申請する前は「どうせ難しいことになってるんでしょ」と半ば諦めていたので、気持ちはよくわかる。自営業の友人が「めちゃくちゃ簡単だったよ」と教えてくれたので、重い腰を上げてやってみたのだが、これが本当に拍子抜けするほど簡単だったのだ。簡単だからこそ、ちゃんと給付されるかどうかは怪しいと思っているのだが、他にもたくさんの給付金があるし、実際に面倒なものも多いのだろう。新聞でも「なるべく自分で」と呼びかけられているように、何もわからないまま誰かに丸投げするよりは、自分でやってみて給付されたお金を有意義に使った方がいい。これは政治に参加することだ。という私も諦めかけていたので、誰かに任せたくなる気持ちはわかる。

他にも、国民全員がもらえるはずの10万円の給付金が、住民登録のないホームレスには実質給付されないという記事も。どうかどうか柔軟な政策を。


5月18日 月曜 雨

曇っているうちに通販の荷物を出したり、発送用の資材を買いに行こうと家を出ると、すでに小雨が。濡れながらも自転車で走り回り、用事を済ませて昼前に家に戻った。アベノマスクが届かないうちに、もはやどこでもマスクを売っている。


一昨日、石田家の親戚のお姉さんに、先々週に亡くなった石田さんのお父さんの葬儀など、その後どうなったのかをメールで聞いていたのだが、返事が届いていた。てっきり連絡がいっていると思っていたらしく、今日の午後に火葬なのだと。メールのチェックを怠っていてごめんなさいと謝られるが、私も電話で確認すればよかっただけなのだ。何も準備していなかったこともあり、参列は諦める。親父が亡くなったのは、もう10日ほど前になるけれど、その時に駆けつけた病院で顔が見れたので心残りはない。肺炎に影があるということで、検査をすることになったらしいのだが、それに数日かかり、感染していたら骨だけが戻ってくると聞かされていた。今日火葬ということはコロナではなかったのだろう。葬儀はどうなるのだろうと、ここのところ少し緊張していたが、またいつも通りの日常。落ち着いたらお墓参りに行けばいい。

親父には、4月の始めにメールを送っていた。それこそ、生存確認と、家からあまり出ないように、と注意をしたのだが、返信がすぐに来て「すこぶる元気ですよ!えんちゃんくらしさんみんなにあいたいですよ?コロナがおちついたら暇をみて遊びに来て下さい。」とあり、その文面が本当に元気そうで、親父は変わらないなあ、と笑ったのを覚えている。石田さんが亡くなってから、時々は連絡をとっていたが、疎遠になってしまった。今になって、もっと顔を見せにいけばよかったと思う。家だって遠くないのに。もう遅い。直接謝ることもできない。


今日からしばらく天気が悪い日が続くという。なんだか気分が優れず、長い昼寝をした。



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コロナウイルスによって世の中の空気が激変した2020年2月末から3月末までを記録した日記『個人的な三月 コロナジャーナル』発売中。
取り扱い書店はこちらを参照。


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