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エナメルの靴

光る、光る。

あなたは、両手に荷物を抱えて。

深くて、少し輝く青の靴下を輝かせる。

きっといつか失う輝き。

擦れてきっと白くなる。しかも鈍い白。

どこを歩くか、どう歩くか、

あなたが内股なら靴の側面はきっとすぐに。
あなたが土の道を歩くならきっとすぐに。

そう思うと、ずっときれいでい続けることは、
私なら諦める。

あなたとともに歩くことを幸せに思うわ。

ことばがほしい

 パソコン越しに、コーヒーの湯気が立っている。ここはカフェだ。

 大声で子供が泣いている。目線の先にはもう一人の子供がいる。母はあやしている。静かだ。声は聞こえない。子供は振り返って、母を見つめる。そして叫ぶ。うらやましい。私もあれぐらい泣けたなら楽だな、などと思う。子供みたいに泣き叫ばなくていいくらいには、言葉を知ってしまった。

 見つめられていた子供は、椅子の上に立っている。その母は、手を

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今日もあの人を

今日もあの人を

恋をした。今日もその人に会いに行く。
 話したことはない、が、目が合うことはある。いつも微笑んでいる。
 私は耳を研ぎ澄ます。あの人から音が聞こえるわけではない。聞こえるのは雑踏である。雑音だ。ふたりだけの音になればいいのに、うるさい。
 あの人はひとりだ。いつもひとりだ。紅茶を飲んでいる。必要というわけではない。なくても困らないものを、当たり前に飲んでいる。私は、のどが渇いている。
 あの人には

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図書館の隅

図書館の隅

 図書館の隅の方。誰も座らない。そんな席がある。近くの窓から射す光には包まれず、ひっそりと佇んでいる。
 ひとりが、その席を見つめている。寒そうな席だと思った。ゆっくりと歩きだす。もうその人はその席のことを忘れている。
 しばらく経った。人が来た。地味な服を着ている。黒無地の靴下をはいている。5本の指には赤いネイルが塗られている。プラスチックを爪に塗る、この無意味さに笑いながら塗った。近くの本をと

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