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図書館の隅

 図書館の隅の方。誰も座らない。そんな席がある。近くの窓から射す光には包まれず、ひっそりと佇んでいる。
 ひとりが、その席を見つめている。寒そうな席だと思った。ゆっくりと歩きだす。もうその人はその席のことを忘れている。
 しばらく経った。人が来た。地味な服を着ている。黒無地の靴下をはいている。5本の指には赤いネイルが塗られている。プラスチックを爪に塗る、この無意味さに笑いながら塗った。近くの本をとる。この人の目は黒く濁っていた。
 また一人、近づいてきた。この席には仕切りと屋根がついている。しかし電気は通っていないために、電気はつかない。この人はパソコンを持って忙しなく歩く。この席がどんな特徴を持つか、既に知っている。そして、自分が求めているものも分析している。この席は、検討するに値しない。
 顔立ちの整った人が来た。眼鏡をかけている。人を見ている。たまに、窓に映る自分の顔を見ている。ぼやけた自分の顔は、そこそこに綺麗だ。そしてまた人の顔を見る。知り合いは、いなかった。本はもう見つけた。帰るより仕方ない。やらねばならないことはある。
 司書が来た。拭く。数回、決められたパターンで拭く。最初は天井を、右から左へ、そして天板を右から左へ、一定のリズムで、一定の強さで、拭く。司書はパターンを済ませば、立ち去った。この机が綺麗になったかは、確認していない。
 今日も日が暮れる。この席には、誰も座らない。

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