ことばがほしい

 パソコン越しに、コーヒーの湯気が立っている。ここはカフェだ。

 大声で子供が泣いている。目線の先にはもう一人の子供がいる。母はあやしている。静かだ。声は聞こえない。子供は振り返って、母を見つめる。そして叫ぶ。うらやましい。私もあれぐらい泣けたなら楽だな、などと思う。子供みたいに泣き叫ばなくていいくらいには、言葉を知ってしまった。

 見つめられていた子供は、椅子の上に立っている。その母は、手を挙げた。手のひらを子供に見せる。そして、叱る。何と言っていたか、それは忘れた。無意味な文字列は、大きい音だったと、記憶している。子供は静かに座った。

 隣の女子大生は笑顔で、しかし手の上の画面を見ながら、子供がかわいいとだけ言っている。

 中途半端に言葉を知ってしまった。いつの間にか大人になるのなら、言葉が欲しい。

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