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幸福をもたらすもの「愛情」

夏休みに入り、なぜか朝起きられない小学校教員とらです。
リラックスしすぎで、精神的なプレッシャーから解放されまくっています。ごめんなさい。

#いや、だれにあやまっての?
#起きろ

今日は、ラッセルが語る第二の幸福の条件「愛情」です。
だれもが、愛されたいという感情を持ったことがあるのではないでしょうか。もしかしたら、KinKi Kidsばりに、

愛されるよりも愛したい

という方も多いかもしれません。
しかしラッセルは言います。

最上のタイプの愛情は、相互に生命を与え合うものだ。おのおのが喜びをもって愛情を受け取り、努力なしに愛情を与える。」

ラッセル 幸福論

つまり、相思相愛の状態。これこそが愛情を持つうえで大切だと言います。
幼子のお母さんがわが子を思うように無条件に愛し、幼子もまた、お母さんを愛しているように。
求めてばかりだといけないし、与えてばかりでもいけないということですね。


「お互いを幸福のための手段として見るだけではなく、むしろ、一つの幸福を共有する結合体だと感じる愛情は、真の幸福の最も重要な要素の一つである。」

ラッセル 幸福論

一つの幸福を共有する結合体。
なんだか、アドラーの共同体感覚と似たような響きです。


これを教室に置き換えてみると、実に苦い経験ですが、心当たりがあります。先生になりたてのころ、となりの学級のベテラン先生はすぐに子どもたちに好かれ「先生!」「すごい!先生!」と尊敬のまなざしを浴びていました。それに比してわたしにはあまり寄ってきませんでした。

わたしは「先生になれば愛される。尊敬される。」とあまりにも情けない勘違いをしていたので、「どうして寄ってこないのかな。」と考えてしまい、「愛されたい」と思ってばかりいました。思えば当時のわたしは愛をそれほど持ち合わせておらず、愛情の注ぎ方も知らなかったのだと思います。

そんなわたしが子どもに本気で愛情を注げるようになったのは教員になって4年目・・・は学級崩壊状態だったのであれですが、5年目、6年目になってわが子の育児を経験してからです。

無条件にかわいい!生きてるだけでありがたい!

そんな感情を初めて抱いてからです。親の気持ちが実感を伴ってわかってからです。わたしは不器用ですし、そもそも「子どもが好き」という理由が教員になった一番の理由ではありませんでしたので、こんなに時間がかかってしまいました。

以上失敗談をお話しましたが、今では、子どもたちを全力で愛することができるようになりました。子どもから愛情をもらう前に、出会った瞬間から愛する気持ちを持てるようになりました。

学校来てくれてありがとう!
大好きだよ!
素敵だね!
笑顔がうれしい!

そんなことを心の底から思えたとき、子どもたちから愛情をもらえるようになりました。それは幸福を共有できた証なのではないかと思っています。

教室に愛情という幸福があるとしたら、それを誰かが独り占めしてはいけない。そんな風に思います。

今日も読んでくださりありがとうございました。

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