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満開の桜に

春休みに帰省していた末の息子が東京へ帰って行った。今回の帰省は長かった。いつもならせっかく帰って来ても家で過ごす時間はごくわずかで、友達とあちこち出かけてご飯も外で食べることが多かったのに、今回はお昼過ぎに起きて来て、私と遅い昼ごはんをゆっくり食べた。夜も家族3人で過ごした。

本当なら今頃は、幼い頃からの夢だった仕事の就職試験の直前で、勉強も追い込み期間だったはずなのだが、息子は試験を受けないことに決めたので、ずいぶんのんびり過ごしている。
ついこの間まで模擬試験直前だといって何時間も勉強していたはずなのに、その急転ぶりになんだか不思議な気持ちになる。

しかし、思い返すとそれらしいことを随分前から言っていたことにも気がついた。息子の友達の1人が大きな農家をやっていて、いずれは後を継いで農業をやる、ということは、これまでも何度か親子の間で話題になったことがあった。「農業っていいよなぁ。」そんな風に言う息子に私も言っていたのだ。「そうだよね、これからますます農業は大切な仕事になるよねぇ。それなのに耕作放棄地も多いんだってね」などと。
しかし、それはあくまでも、農業を継ぐという他所の家の息子の話であって、まさかそれが自分の息子の問題になるとは想像もしていなかった。

息子は大学3年間に高校で同じ部活をしていた仲間達と、古着のネットショップやイベントなどを時々やっていた。そこで息子は珈琲の販売を担当していたようなのだが、それにはまった。お正月に帰省した時などは、本格的なドリップ珈琲の道具を一式持ち帰ってきて、両親だけでなく、兄達に振る舞っていた。
息子達の夢は、農業で収入を得つつ、地域で古着や珈琲ショップなどを開いて、みんなで集まれるスペースを作りたいのだという。なんだか夢のような夢の話で、素敵だとは思うけれど、親の立場からはいろいろ心配になってしまう。安定した収入があるのかということや、病気にでもなったらとか、そもそも畑仕事をしたことのない息子が本当に厳しい肉体労働ができるのかと思う。21歳の息子達の描く夢は、どこか危なっかしいし、頭の中で大きく膨らませた夢は、実際やってみたらどれだけ実現可能なのか、全く未知数だ。
でもその若さが眩しくもある。やりたいことを思い切ってやる、できそうで私にはできなかった。それをやろうとするエネルギーがあるならやってみればいいと思う。

3年前、息子を送り出した3月の終わりは桜が咲いていた。今年の桜は少し遅く、4月に満開を迎えている。桜は私に寂しい気持ちを思い起こさせる花になったが、今年は違って見える。力強く自分で選んだ道を進んで行こうとしている息子を見送りながら、満開に咲いた桜が誇らしげに見えた。

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