BAR自宅、甘酒
バーには黒猫がいる。
テーブルの向こう側に座る、真っ黒ツヤツヤの毛並みと金色の目、くたくたのやわらかい体が自慢の、ねこが。
今日の彼女は一日中ぼんやりとスマホを眺めていた。
体調が悪いと休みを取って、だからといって寝続けているのも限界がある。ごそごそと起き出したはいいものの身体がきついのだからやりたいこともない。なんとなく朝食を取り、仕方なく昼食を取り、その合間の時間をただただ電子の波に漂って過ごしていた。
そんな日もままあるものである。
病院に行くほどではないけれど、どうしても会社で一日仕事をするには辛い。有給は社会人の権利なので、と彼女はゆるりと吐き出す。ああ、調子が悪い。
ベッド脇でクッションにもたれてぼんやりする飼い主の小脇にねこは抱えられている。時折よしよしと撫でられたり、もふもふと毛をかき混ぜられたり、ぎゅっと抱き締められたりしながら、基本的にはスマホを握った腕の中だ。
心細いのだろう、と察する。
静かな静かな平日の昼間、どこにも居場所がないようなもの寂しさ。
なんとも表現しがたい体調不良の最中に楽しいことなんて見つけようがない。
うつむき気味に吐息を零す彼女の体温は低い。せめてもう少し暖かくしてくれないだろうか、とねこは思う。エアコンに心地よく冷やされた室内だが、ほんとうは冷えすぎるのも良くないのだ。
ふとスマホから目を離した飼い主が、厚手のカーテンだけ開かれた窓をしばし眺めたあと、ぼふっと猫の胴体に顔を埋めた。
「……しんどい」
細い呻きを聞き逃すことはしない。
横になるかい、それとも、息抜きに外へ? 座りっぱなしなのが良くないのかもしれないよ。
心ばかりの提案が飼い主の耳に届くことはない。
やわらかな体に頬を預けた彼女はしばしそのまま深い呼吸をし続けた。
それからふと、とろりと瞬きをする。
「……よし、甘酒でも作ろ」
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