BAR自宅、オレンジ・ブロッサム
バーには黒猫がいる。
テーブルの向こう側に座る、真っ黒ツヤツヤの毛並みと金色の目、くたくたのやわらかい体が自慢の、ねこが。
「レモンジュースとか、ライムジュースとか、なかなかないんだよねえ」
言いながら、今夜のバーメイドはテーブルにオレンジジュースのボトルを置いた。
余りものの野菜を全部入れたポトフもどきで夕飯を済ませ、彼女はくたびれたシャツでうろうろとセッティングをして回った。食器を片付けてキッチンをきれいにする。照明は消して、部屋の角に据えたオレンジ色のアッパーライトだけをつける。冷蔵庫や棚をごそごそやって今夜のつまみをそろえる。
黒猫の位置を調整して、ちゃんと顔が見えるように座らせながら、バーメイドは説明した。
「ホテルのね、洋食の朝食を想像するといいんだって。オレンジジュースがついてるでしょ?」
言われた猫――バーのマスターである猫は、想像する。いつかの旅行の思い出話で彼女が語った、美味しい美味しいホテルのモーニング。分厚いトーストにバターとジャム……は、今は恐らく関係ない。ベーコン、ソーセージ、スクランブルエッグ。なるほど、オレンジジュースと相性がいい。ベーコンが合うなら生ハムだって合う。
そんなオレンジジュースが今夜の一杯、なわけはない。
淡い色に染まったテーブルの上、真っ白な皿に並んだ生ハムとスクランブルエッグ。それからジン。
今夜はオレンジ・ブロッサムというわけだ。
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