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『スーツ=軍服!?』(改訂版)第42回42回

『スーツ=軍服!?』(改訂版)連載42回 辻元よしふみ、辻元玲子

前回の続きから)すると、ブレザーの由来には二系統がある、ということが分かってくる。スーツと同じく、シングルとダブルはまったく別物だというのである。

 ◆ケンブリッジ大学のボートクラブ

 シングルのブレザーはというと、資料により異同もあるが、ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジのボートクラブ「レディ・マーガレット・ボートクラブ」の制服であった、というのが定説だ。
オックスフォード大やケンブリッジ大の「カレッジ」(学寮)はそれぞれが由来の違う独立した大学のようなもので、いわゆる単科大学の意味のカレッジではない。セント・ジョンズ・カレッジは十三世紀に立った病院の敷地に、ジョン・フィッシャー司教という人物が設立したのでこの名がある。
学寮は、ヘンリー七世(一四五七~一五〇九)の母后として権勢をふるったマーガレット・ボーフォートが後援して開講したという。十六世紀はじめのことだ。
時代がぐっと下って、一八二五年にこのカレッジで結成されたボートクラブがレディ・マーガレット・ボートクラブである。もちろん、三百年も前のマーガレット・ボーフォート母后から名を取ったのだ。ちょうどテムズ川の川遊びが盛んになった時代で、ロンドン郊外ヘンレーの街では有名なヘンレー・レガッタ大会が一八三九年から開催されていた。五一年にアルバート公を名誉総裁に迎え、ヘンレー・ロイヤル・レガッタとして今日まで続いている。
さて、このレディ・マーガレット・ボートクラブが制服としたのが、赤いスポーツジャケットだった。一八七〇年代、赤い生地を使ったこの服装はブレザーと呼ばれるようになった、というのである。文字通り「目立つ服」という意味合いで、同カレッジのスクールカラーが赤だったのが、ひとつの理由である。レディ・マーガレット・ボートクラブは今日に至るまで脈々と伝統を受け継いでいるというから、さすがに英国である。
シングルのスポーツジャケットであるブレザー定着の源流が、このカレッジの制服であるというのは定説である。

スポーツブレザーとゴルフの関係

スポーツ系のブレザーというと、「ゴルフの優勝者」というイメージも強い。ゴルフ大会で優勝者にブレザー贈呈することで知られるのは、なんといっても米マスターズ大会だろう。
マスターズ覇者が羽織るグリーン・ジャケット(緑色のブレザー)はつとに有名だが、この大会は一九三四年に始まり、ブレザー制定は三七年のことだった。そもそもの意味合いは、会場であるオーガスタ・ナショナル・ゴルフ・クラブの会員資格があることを示すブレザーで、会場内で会員であることが一目で分かるために導入されたのだという。
マスターズ優勝者には同クラブの名誉メンバーに迎えるという意味で、あの緑のブレザーが贈られる。実際にグリーン・ジャケットを優勝者に贈り始めたのは第二次大戦後の一九四九年のことだ。ただし、優勝者はあくまでも名誉会員扱いで、一年後にはクラブにブレザーを返還しなければならない。しかも、厳密に言うと、マスターズ優勝者はジャケットをオーガスタ・ゴルフ・クラブに置いておき、このコースに来た時に着用する権利がある、ということで、完全に貰えるものではない。もちろん、連続優勝しない限り、一年後にはその権利がなくなるわけだが、中には間違って持って帰った人もいたようである。
マスターズのブレザー贈呈の習慣には、さらに、英国でその前史があった。
「球聖」とも呼ばれた名ゴルファー、ボビー・ジョーンズが一九三〇年の全英オープンで三回目の優勝をしたときに、記念として名門ロイヤル・リバプール・ゴルフ・クラブの赤いメンバーズブレザーを贈られた。これはまったくの突発的なイベントで、これがチャンピオン・ブレザーという習慣の最初らしい。ジョーンズはその数年後、マスターズをアメリカで始めた人物で、チャンピオン・ブレザーの慣習も英国のクラブからアメリカに持ち込んだ、ということのようだ。

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