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人魚歳時記 神無月後半(10月16日~31日)

16日
鼻と唇の渇く秋晴れの中、所要があり隣の市まで車を走らせていると、旧街道脇に「ホルモン無人販売所 二十四時間営業」という看板を掲げた、軒の低い廃屋同然の平屋がある。なにかこう禍々しく、その家(店?)の周りに咲く秋桜が余計に可憐にいじらしく目に映った。

17日
左右から、特急と急行が行き会って、ようやく上がる遮断機。踏切を渡ると、頭上で音がする。見上げれば、送電電がいまだにカチャカチャ揺れて、乾いた秋の空気の中でぶつかり合っている。

18日
遮るもののない田圃の中の一本道を歩く。秋の陽は夏よりも眩しくて、目玉の裏までジリッと焦げそうだ。

19日
ピーマンを水につける。一つのピーマンに穴があり、芋虫が這い出してくるので、それを割ると、中は虫の寝床と化している。ここで成長してきたのだろう。水ごと虫を庭に捨てたが、夕日を浴びながら砂利の上でウネウネしているのがいじらしく、烏瓜の葉の上に載せた。

秋の陽あびるカマキリ

20日
暑いほどの秋晴れ。田んぼの中の一本道を犬と歩いていると、頭上にトンビが飛んでいた。顔を戻して、いくらか歩いてまた見上げると、トンビはずっと小さくなって、太陽に近づいている。いっさい羽ばたかず、ぐるぐる旋回しながら、驚くほど高く高く上がっていった。

21日
いつも一羽でいる白鷺の隣に、若いアオサギが並んで動かない。田圃が尽きた所にある墓所の一基の墓の前に、溢れる程の百合が供えてある。田圃の溝に大きな白猫がが蹲り、青い目でこちらを見る。石だと思ったら足元で飛び跳ねたのは蛙だ。全ては鱗雲の下での体験。

22日
今年もジョウビタキが飛んできた。乾いた空気の中、天色の空を背に、小さな嘴で火打石を打ち鳴らしながら、ビオラを植えたりメダカの水を替えたりする私を見下ろしている。調べたら、チベットやロシアのバイカル湖から飛んでくる。掌ほどの体での旅路の様子を聞かせてほしい。

ジョウビタキ

23日
朝、台所にいると鵯、雀、椋鳥の声で外がにぎやかだ。見れば、濃厚な陽の中、ジョウビタキも庭に降りてきて、宿根草の支柱に止まったりチラチラ動いている。道の向こうの野焼きの煙がこちらまでゆっくり広がる。小学生の集団登校の声が聞こえる。今朝はやけに世界が美しい。

24日
物病院へ猫を連れていく。ワクチン接種。帰るとお昼を過ぎている。買い置きも作り置きもない。お握りが食べたくなり、ご飯を炊いた。最近妙に忙しい。窓をあけると、目の前の木にジョウビタキが停まっていて、その丸いお腹を眺めながら、新米のお握りを無心で食べた。


ヤマボウシの実を見つけた2匹

25日
汗ばむ秋晴れが続いたが、今日は一転して冬のような雨日。満開の薔薇は、花弁の隙間に冷たい雨水を溜め、その重みに長い枝をしならせる。夕方ようやく止み、夕日が差す中、一匹のトンボが薔薇に止まる。花同様に羽を雨に濡らして、じっといつまでも動かないでいる。

26日
夜、干し野菜を出したままだと気付いて、外に出る。干しかごを取り込みながら、見上げた夜空の美しさに、「あぁ、天体望遠鏡が欲しいな」と思う。ポットに入れたココアを飲みながら、白い息を吐いて星を見る。この十年ほど、寒くなると必ずそんな夢想にふける。

27日
稲を刈り終え広々となった田圃に、稲藁を円錐形に束ねてマジナイのように並べているのが、ずっと気になっていた。米も作るという農家の老女と話す機会があったので尋ねると、「あぁ、あれね。なんだろね。何かに使うのだろね」と、彼女もよくわからない様子だった。

28日
用事が長引き、お昼を過ぎる。帰り道には店も無いので、自然公園みたいな所へ寄る。木々に囲まれた池の畔のベンチで、売店で買った珈琲とメンチサンドを食べていると、風もないのにドングリがばらばらと落ちてきて、頭や背中を叩かれた。足元を見ると木の実だらけだ。


畑のマリーゴールド

29日
トラクターで耕された畑は、柔らかくなった土が均一にならされて、まるで巨大な板チョコを置いたみたいに滑らかだ。その秩序を、猫の足跡が点々と、斜めに横ぎり乱している。

29日 #2
洗濯ものを取り込みに外に出る。入日を浴びながらアンテナにて地鳴きするジョウビタキが可愛くて、こちらも唇を濡らしながら、真似して鳴いてみた。

秋の空

30日
「お嫁さんが買ってきた惣菜ばかりを――」「〇〇さんちも野良やめて土地売って」と、八十を超えて久しい近所の三人の女が、墓場前に手押しの老人用車を並べて座り、田んぼを眺めながら噂話に興じている。秋の陽が、三婆の寿命を延ばしているようだった。

31日
10月後半は老愛描の健康診断と私の子宮癌検診が重なった。毎年のこととはいえ、それぞれの結果が出るまで落ち着かない。不安で心が張り詰めるのは、必ず秋の夕日が眩しい時だった。

結果はどちらも良好。
安堵と引き換えに、落日を見ても琴線は鳴らなくなった。

10月も終わり

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