椿野人魚

小説 物語 日々の言葉のスケッチ(人魚歳時記) https://twitter.co…

椿野人魚

小説 物語 日々の言葉のスケッチ(人魚歳時記) https://twitter.com/Tubakiningyo140

マガジン

  • 人魚歳時記

    ふと目に映った風景を、言葉でスケッチしています。

  • 140字小説・物語・雑文

    X(ツィッター)に投稿した140字小説、あるいは物語の前の何か。少し手を入れたり、いれなかったりして、ここへ載せてます。

  • 短編小説

    140字よりは長い短編小説。ファンタジー、怪奇、幻想的なお話が多いかもしれません。

最近の記事

人魚歳時記 卯月 前半(4月1日~15日)

1日 植えた覚えのない球根たちが、庭のあちこちで頭を出している。 ムスカリの青。イチゴ菓子の色したヒヤシンス。どれも可愛い花の頭。 植えた時、色々と思いを込めていたのだろうけれど、数年が経ち、今はすっかり忘れている。 ぬくむ空気の中、花が愛らしいばかり。 2日 引退した農家の老人が、自家用の野菜を作っている小さな菜園の傍らに、桜の巨木がある。 あの日、彼は桜を見上げていた。風が吹いて、満開の花が音もなく吹雪いても微動だにせずに―― 今年、その巨木は切り倒された。あのお爺さ

    • 人魚歳時記 弥生 後半(3月16日~31日)

      16日 さっき家から出たら、足元にはたくさんの、淡い水色の金平糖が散らばっている―― 逢魔が時、その薄明るさ、薄暗さ。赤銅色した薄闇に、すべてが飲まれたその後に、いつも目立たぬハナニラばかり、可憐にぼんやり輝いた。 17日 茹で卵を縦半分に切った断面みたいな水仙。 とけた氷に薄まるソーダ水色のヒヤシンス。 あの鮮烈な椿の赤は、昭和のカレーライスに添えられた福神漬の色―― だなんて考えていたら、ヒヨドリが飛んできて花芯を啄む。 嘴が黄金色の花粉まみれ。花喰い鳥。 18日 強

      • 人魚歳時記 弥生 前半(3月1日~15日)

        1日 寝不足の朝は雨。灰色に濡れる庭から聞こえる鳩の声が心に優しい。病院への送迎。診察終わるまで見晴らしのいい院内のラウンジで読書。急に晴れて陽がいっぱいに差し込み暑い。首を折って居眠りする。病人はほぼ全快。帰宅して疲れて昼寝。起きてからカレンダーの二月を破る。 2日 晴れて強風が吹いている。明るい日、外ではいろんな物が飛ぶ音がする。窓を開くと、青い空に飛んでいる大きなカラスが風に負けて、弧を描きながら流され、隣の農家の大きな柿の木に止まっている。昨日見つけた古本の代金を払

        • 海水浴

          100年続く夏の中で泳ぎ続けている 去年一人溺死した それでも無邪気に泳ぎ続けている 100年続く夏の中で

        人魚歳時記 卯月 前半(4月1日~15日)

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        • 人魚歳時記
          19本
        • 140字小説・物語・雑文
          6本
        • 短編小説
          6本

        記事

          人魚歳時記 如月 後半(2月16日~29日)

          16日 ブルーデイジー、クロッカス白と黄、シルバー・ディコンドラ、植物を買う。お昼、車の中で焼芋を珈琲と食すと、暑くて汗が出てくる。「もう終わり? 早いよ」胸の中で冬に語りかけた。空には雲がない。見上げると、必ず昼の月がある。海原に浮かぶヨットの帆に見える白い月。 17日 ヒヤシンスの香りが急に変わった。見ると艶やかだった花も、いつの間にか変色している。気分転換を兼ねて愛犬の散歩に行くと、歩くより道路脇の匂いを嗅ぐのに夢中。なかなかな動かない犬の傍らに、目を覚ました蜜蜂が、

          人魚歳時記 如月 後半(2月16日~29日)

          ヒヤシンスの花が満開になりました。

          ヒヤシンスの花が満開になりました。 ネジを巻いても動かないシマウマを傍らに置くと、窓辺には香り豊かな青い森が現れました。

          ヒヤシンスの花が満開になりました。

          人魚歳時記 如月 前半(2月1日~15日)

          1日 やはり暖冬なのか、日中はストーブつけずとも過ごせそうだ。前日との寒暖差が激しいために、強風が唸りをあげている外へと、恐る恐る出てみる。鳶が撃ち落されたみたいに風の勢いで空を下降していった。記憶にある二月の、あの凍てつく空気はどこにもない。やはり暖冬なのか。 2日 朝、窓を開くと向かいの屋根で、鵯が咥えた金柑を雨どいに落としてチョンチョンと遊んでいた。木立の中を歩くと、落ち葉の中から雀の群れが空気を震わせて飛び散った。畑の脇の石仏に、誰かが供えた昨日のお握りは、彼らの食

          人魚歳時記 如月 前半(2月1日~15日)

          「読みきり小説」 迷い鳥と種

          放課後、美術室の窓を開けていたら、小鳥が飛び込んできて、壁にぶつかり、死んでしまったので、私たちは校舎の裏に広がるヒマラヤスギの林へ埋葬しに行きました。 木の根元に小さな穴を掘り、そこへ小鳥を埋めようとしたとき、ひとりの友人が亡骸の傍らに、何かの種を蒔きました。 あれから時は流れ、私は今、十数年ぶりにヒマラヤ杉の林に来ています。今日は母校の講堂でヴァイオリンの演奏会が開かれるので、友人とここで待ち合わせていたのです。 彼女から借りたままでいるバロの画集もちゃんと持ってきまし

          「読みきり小説」 迷い鳥と種

          人魚歳時記 睦月 後半(1月16日~31日)

          16日 傷んだ林檎。冷蔵庫の隅に忘れたままの、ラップにくるんだ一握りのご飯。鏡開きに割り砕いたら、中までカビていたお餅。「こんなものですが、どうぞ」と、凍てつく早朝、霜柱を踏んで、木の下にまき、葉を落とした枝に刺しておく。冬季限定「小鳥食堂」はじめました。 17日 一月なのに蚊がいた。叩くと誰かの血を吸っていた。人間は刺されていない。蚊を媒介するフィラリアが心配で、散歩ついでに動物病院へ。冬は感染力がないとのこと。『彼女』のこととなると私が心配性になるのを知っている獣医さん

          人魚歳時記 睦月 後半(1月16日~31日)

          2024 年1月のつぶやき詰め合わせ(集積中)

          ✥ 朝から曇り空です。  窓を開けると鳥がわたしを待っています。 ✥ 落ち葉……すべての記憶は蒸発した。                    

          2024 年1月のつぶやき詰め合わせ(集積中)

          人魚歳時記 睦月 前半(元日~1月15日)

          元旦 お蕎麦の上の海老の尾までバリバリ食べて越した年は夜に降った雨でしっとりと心地よい。小春日和を思わせる日中の後に十三年前とよく似た揺れ。町の放送に窓を開くと「能登半島」と遠い土地の名。暮れてから石川県山代温泉の友人にメッセージを送ると大丈夫の返事で安堵。  2日 終日、渡辺茂夫のヴァイオリンを聴いて過ごす。今年は年賀状を書かなかった。元日から被災、避難生活は厳しいなと思っていたら、今度は事故。昭和の神童の音色を聴きながら、いただいた年賀状の返事を書くも、『おめでとうござ

          人魚歳時記 睦月 前半(元日~1月15日)

          人魚歳時記 師走 後半(12月16日~31日)

          16日 弱雨の中で鳥が鳴いている。明けた薄墨色の空を見ていたら、血が通いだした様に色づき、酔ったような薔薇色へと移ろった。この美しさを誰かと共有したいと思うも、瞳の数だけ世界はあり、独りでしか真を得られないことを思い出す。そう思えるほど歳を重ねたことが嬉しい。 17日 風――吹き荒れて木々が暴れている。何かが飛ばされ、転がる音。まだ暗いが起きる。身支度を整えていると、風のうなりの間からサイレンが近づき、どこかに吸い込まれていく。薄明りの中、鏡を見て慌てて口角を上る。微笑んで

          人魚歳時記 師走 後半(12月16日~31日)

          【小説】 冬に還る人 ――祭りの夜に母と再会する

          1 或る青年のつぶやき お母さん、あの夜の、海辺の町での音楽会のことを覚えていますか?  僕は、今夜また、あの町を訪ねようと、今、列車に乗ったところです。  お母さん……待っています。 2 山門前のお祖父ちゃんの食堂で  朝から雪が降っていました。  学校はテスト休みに入ったので、私はお祖父ちゃんのお店を手伝いました。  お店というのは、海を見下ろす山門前の、古い食堂です。  今夜は、その山のお寺で、お祭りがあります。昔は参拝客で賑わったといいますが、今ではちっともです。特

          【小説】 冬に還る人 ――祭りの夜に母と再会する

          人魚歳時記 師走 前半(12月1日~15日)

          1日 庭で洗車。馬の体を洗うようだ。佇まいが少年のように感じて「坊や」と密かに呼んでいる愛車。凍りつきそうな空気の中、いつも私を助けてくれる坊やの、深い海の色した車体に浮かぶ水滴を拭いていく。来週は十二ケ月点検。傍らの乙女椿に、最初の一輪が咲いているのを見つけた。 2日 明日はお酉様。浅草のではなく、町はずれの山の麓、溜め池の傍らの木立に囲まれた無人神社に、山の向こうから神主さんたちが来て神楽を舞う。自治会の人たちがひっそり受け継いできた、それこそ年貢の取り立てが厳しくて百

          人魚歳時記 師走 前半(12月1日~15日)

          【140字小説】×3  幻の女たち

          母のいる星宇宙飛行士の父は、船外活動中に命綱が外れ、なぜかセルフレスキュー装置を作動させず、宇宙に放り出され、帰還しませんでした。 「火星と木星の間を回る四千の星のひとつに、十八年前に娘の出産で命を落とした妻の顔が浮かぶ星を見つけた」 船内に残された父のノートには、そう書かれてありました。 再会の発掘彼女が逝ったのは、僕が二五歳の時。 以来、三十年以上、遺跡を相手に仕事をしてきた。幾千年も昔の栄華を砂の中から蘇らせるのだ。 しかし、今回完全な形で見つけた若き王妃

          【140字小説】×3  幻の女たち

          【140字小説】和子さんと月 1,2,3話 

          1話 和子さんは良い香りに気づきます。 「あれは月の匂いさ」 お兄さんが教えてくれたので、窓を開けてズット丸い月を眺めました。 翌朝、和子さんはスッカリ風邪ひきさんに。鼻も詰まって何の香りも嗅げません。 庭の金木犀も花が終わりました。 風邪が治った和子さんは月を眺めますが、何も香りません。 2話 「すっぱいからやるよ」 寝しなに、お兄さんが食べかけの蜜柑を窓辺に置いていきました。 夜中に目を覚ました和子さんは、月明かりに光る蜜柑を口に入れてみます。 「美味しい。お月様の光で

          【140字小説】和子さんと月 1,2,3話