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推し(作家)にお金を払わせてください。

本や記事には、2種類あると思う。

読みやすいか、読みにくいか、だ。

・・・あまりにも当たり前体操すぎて何も言えないが、実を言うと、私もこのnoteで何を言おうかまとめないままに書き出しを始めてしまった。懺悔である。

さて、休職してからというもの、すっかり時間ができたので、最近はよく本を読むようになった。
(休職したばかりの時は本を読む気力すらなかったので、だいぶ復調してきたと言えると思う)
最近は週に4冊ほど読了できるようになった。

本は良い。

本は良い。
たった2,000円そこらで、その人の感じたことや考え、すなわちその人の人生が読めてしまうのだ。
本1冊書き上げるのに、一体どのくらいの労力を要するのだろう。こうしてお気軽にnoteを書くのとは訳が違う。伝えたいメッセージをちりばめて、まとめて、端的に、読者に伝えねばならない。
そんな著者の魂がこもっている本、1冊も無下にはできないなと思う今日この頃である。
私は小説よりビジネス本をよく読むので、特にそう感じる。

昔は小説の方が好きだったのだが、最近は歳をとったせいか、物語に没入することがだいぶしんどくなってきた。映画やアニメもまたしかりである。
中高生時代にもっと小説を読んでおくべきだったなとちょっと後悔している。

一方で、ビジネス本は、著者の人生や考え、事実が淡々と載っているものがほとんどのため、小説に比べると没入感が少なくて済む。さらっと読めてしまう。

小説の方がなんとなく心に残るのは、没入感の差が大きいのだろう。

まあ、とにかく、小説でもビジネス本でも、とにかく本は良い。

読みやすい本①著者の感情がのっている、メッセージがわかりやすい

さて、本題に入ろうと思う。

個人的に読みやすいと感じる本は、著者の感情が本を通して伝わってくる本だ。
これは小説、ビジネス本に限らずだと思う。

以前の記事にも書いたとおり、私は人の感情や考えに触れることが大好きだ。
だからこそなのかもしれないが、本というメディアを介して著者の心の叫び、伝えたいメッセージが1冊を通して明確なものが、私はとても読みやすいと感じる。
例えば、「ミッション」(岩田松雄氏)は、「仕事においても、人生においても、自分なりの『ミッション(理念・信念)』を持とう」というメッセージが明確で、何より力強い。
私は、信念のある本は大好きだ。

読みやすい本②事実や根拠が明確に存在する(根拠のない考え・メッセージではない)

出自が理系のせいか、私は根拠のないものが好きではない。
むやみやたらに「頑張ればできる!」「本気になればできる!」「私はこうして仕事ができるようになった!」と謳っている自己啓発本の類は基本的にあまり好きになれない。
しかも、その根拠が一人の人間のいち事象のみに終始しているものは、特に好きになれない。再現性がないからだ。二度目が必ずしも起こるとは限らない経験や事象は好きではない。

ネガティブなことばかりになってしまったが、裏を返せば、再現性のある経験や不変の事実が根拠として存在する本は大好きだ。
「FACTFULNESS」(ハンス・ロスリング)とかはそういう類だと思う。事実ばかりが書いてあるから、個人的には心地よく読むことができた。いかに自分が事実に基づかない先入観で生きていたかを思い知らされた。

1冊目は電子書籍で購入。同じ著者の2冊目以降は新書を購入。

本の読み方は自由だが、私はこのようにして読んでいる。
気に入った著者の本はなるべく全て読むように心がけていて、2冊目以降は中古ではなくなるべく新書を買うようにしている。
これは、推しにお金を払いたいと思う気持ちと同じである。

このご時世、本を買う意味はあるのだろうかと思うことがあったりもする。
だが、電子書籍に比べて本が良い点は、少し先読みができることだ。
この「少し先読み」が、意外と本読みにおいて重要な役割を果たしてくれていると感じた。

本はパラパラとめくって読むことができる。自分の興味のある部分だけ先に読むこともできるし、自分がどのくらいまで読んだのか手応えを感じることもできる。
章の最後、結局何が言いたいのかを、簡単に「少し先読み」できるのは、本ならではだと思う。

本を購入することは、推しにお金を払うことと同義である

と私は考えている。

図書館に行けば、とか、電子書籍の読み放題で読めば、とか、本の手に入れ方は様々あるが、私が本を買う理由はこれだけだ。

推しにお金を払わせてください。

それだけなのである。

ちなみに、私の今のところの推し作家は、先にも記載した岩田松雄氏、ピョートル・フェリクス・グチバチ氏のお二人である。

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