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高収益企業に変えるプライシングの秘訣。『値上げのためのマーケティング戦略』読みどころ紹介
商品・サービスの価値を市場に正しく評価してもらうためには、戦略的なプライシングが欠かせません。自社の商品・サービスの需要が高く、他にはない顧客価値を提供できているのであれば、適正な値上げを行うことも重要な一手です。しかし、実際に値上げを実行するのは、そう簡単ではないと感じる方も多いのではないでしょうか。そんなお悩みを抱えている方におすすめしたい一冊が、『値上げのためのマーケティング戦略』です。
著者の菅野誠二氏は、ネスレ日本やブエナビスタ(ディズニーのビデオ部門)などの企業でマーケターとしての実務を経験後、マッキンゼーでコンサルタントとして多くのマーケティング関連プロジェクトに関わってきた人物。
菅野氏が今まで関わった高収益企業には、しっかりとした「マーケティングの型」があり、その中でも一番の特徴は「戦略的なプライシング」を実行していること。そして、低収益に苦しんでいる企業は今もなお「高い技術、多機能満載製品で勝つ」「良い物を安くして市場シェアを席捲して勝つ」という「オールドパラダイム」のマーケティングをしている、と言います。
では、どうすれば「価値に見合った値上げ」を実行するためのマーケティング戦略を持ち、高収益企業へと変わることができるのでしょうか?これまで菅野氏自身が培ってきた知見と多くのマーケティング関連、経営戦略の書籍をひも解いて得た知見を集約して一冊にまとめたのが本書になります。
プライシング下手な企業を変革する、顧客価値創造プライシンング
プライシングがうまくいかない企業の要因はどこにあるのでしょうか?菅野氏は4つの理由を挙げています。
①永いデフレ経済下の経験から値上げが不可能と思い込んでいる
デフレ経済下では値上げを行うと顧客が離れていくという恐れが企画担当者やマーケティング担当者にはある。
②価格決定の悪しき3パターン
本来は「事業環境に合わせて顧客、競合、チャネル、自社の視点をバランス良く勘案」しながら価格設定をすべきなのにも関わらず、今までのビジネス慣行や経験を元に「自社コストに必要な利潤を加えて決める」「自社対競合商品の強弱で調整する」「顧客のいいなり」という3パターンによるプライシングが根付いてしまっている。
③価格の決定権を持つ責任者が不明確
例えばメーカーと小売の関係の場合、メーカーの営業がバイヤーと商談をして納入価格を決定したり、小売側で値決めの決定権がある店長や部門担当者が消費者向け価格を決めたり、競合との価格競争によって価格を決めるなど、価格決定は何層ものレイヤーにまたがって意思決定がなされることがあるため、時には利益率を落とすこともある。それを防ぐためには、利益を生むプライシングを管理するための仕組みを作り、責任者を明確にする必要がある。
④プライシングを科学し、実行するノウハウと仕組みの欠如
価格決定に有効な調査を活用していなかったり、マーケティングやブランディング活動の全責任を負うCMO(Chief Marketing Officer)が存在しないため、プライシングを科学し、知識を蓄積し、責任を持ってプライシングを実行する仕組みがない。
こうした課題を抱えている企業に対する解決策として本書で提示されているのが、「顧客価値創造プライシング」という概念です。
顧客価値創造プライシングとは、「同一商品でも異なるセグメントのお客様には、時と場合によって感じていただける価値が異なるので、それぞれに価値を創造し、最適価格をつけて儲けるための手法」と紹介されています。この手法を用いることで顧客満足度を高め、継続的に購入し続けてもらうことで企業利益も高めていくことを目指します。本書では、価格最適化を方程式化して具体的に解説しているので、興味がある方はぜひ読んでみてください。
『プライシングは最も柔軟に対応策が打てる戦略であり、唯一利益を生む打ち手』
本書では、そもそもマーケティングとは何か?マーケティング上の課題を特定するにはどうすれば良いか?といった前提を丁寧にひも解いた上で、「誰をお客様にするのか?」「ポジショニングとブランディング」「顧客に提供する価値の創造」「価値の伝達方法」といった顧客価値の創造に欠かせないマーケティングやブランディングの手法を解説した後、具体的にプライシングにフォーカスした戦略を解説しています。
ここでは価格策定に重要なプライシング戦略について、いくつかご紹介したいと思います。
まずプライシング戦略は、商品のライフサイクルに応じて「新製品導入時」と「既存商品の環境対応」に大きく分けられます。
その中で後者の既存商品の調整価格戦略に関して少しだけご説明すると、顧客セグメント、製品、地域の違いによって価格を調整する「差別型」や短期的な売上増のために一時的に値引きをする「販売促進型」、そのほか「割引とアローワンス」「地理的」「国際的」といった戦略がありますが、その中でも注目すべき戦略として、心理的影響に対して価格を調整する「心理的価格設定戦略」を挙げています。
例えば、プライシングは「ブランディングとポジショニングの大きな要素」であることから、「気に入ったブランドが思いがけず大幅な値引きで売っていた場合は「お買い得!」と感じる」だろうし、逆に値引きが続くと何か安い理由を探し始め、最終的には「このブランドは落ち目」であると、ブランドへの認識が変わってしまう場合もあります。
また、購入後に少しでも不安なことがあった場合、顧客は「自己の判断を正当化するために情報を検索する」といった行動に出ます。本書では新車のディーラーを例に挙げ、「購入1ヶ月ですが、何かご不明な点はありませんか?」とフォローすることで不安が解消され、良い口コミにつなげることができると解説。だからこそ、こうした認識の変化をマーケターは常に繊細に捉え、分析し、顧客満足度の向上を追求し続ける必要があると述べています。
さらに「新製品導入時」と「既存商品の環境対応」以外に、価格戦争で業界全体が疲弊しないための「プライシング変更戦略」についても触れています。
例えば、米国の航空業界では1891年にピープル・エクスプレス社の低価格キャリアが業界を震撼させたことから90年代に全面的な価格戦争に突入。輸送旅客数自体は伸長したものの、大手各社が巨額の損失を被ったという話では、そもそもエアラインの座席は固定費がコストの大半を占め、しかも在庫ができません。そのため、変動費を超える値段で切符が売れるのであれば空席よりもマシだという心理が働きます。こうして値下げに走ってしまい、「本来正規料金を得られる顧客のチケット料金も影響を受け、結局のところ儲けを失うことになる」と事例を挙げて説明しています。
もしもこのように、「業界を揺るがす価格戦争を仕掛けられた場合には、どのような戦略を選択すべきだろうか」という観点から、価格競争に参加せざるを得なくなった場合の攻め方・守り方についても丁寧にフォローしています。
プライシンングに強い組織への変革を!
後半では、B2B企業ならではの価格戦略のメソッドや、顧客価値創造プライシングを組織に浸透させるための仕組みづくり、分析のための組織の必要性などについても解説しています。
本書を読み通して感じたのは、“値上げ”の成功は、緻密なマーケティング/ブランディング戦略によって為されるということ。ただ良い商品・サービスを作れば必ず高い価格で売れるとは限らず、強いニーズがありそうな顧客を見つけ出し、競合にはない強みとその表現方法を磨き、価格にペインを感じさせない仕掛けを作る。それぞれの戦略が噛み合うことで初めて、戦略的なプライシングが成り立つのだと思いました。
新規事業や新製品・サービス開発に携わる方はもちろん、プライシングに強い企業になるための組織づくりにもページを割いているので、経営者や経営層の方々にも参考になる一冊だと思います。