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2022年、僕の心を震わせた「映画」ベスト10

年間ベスト10をランキング形式で発表するのは、今年で5年目になる。記事のタイトルにおいて予め断っているように、このランキングは「僕の」価値観をダイレクトに反映させた非常にパーソナルなものであり、それ故に、今年も、映画シーン全体を客観的に総括するような企画とは程遠い内容になっていると思う。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』も『トップガン マーヴェリック』も『RRR』も最高だった。『コーダ あいのうた』や『リコリス・ピザ』や『THE FIRST SLAM DUNK』も本当に素晴らしい作品だった。ただ、そうした名だたる大傑作たちを差し置いてでも、どうしても自分の中のベストとして位置付けたい作品があった。それぞれの選出理由は異なるけれど、この10本は、自分にとって、これから先の人生において何度も繰り返して観直し続けるような作品になっていくと思う。(特に、今年1位に選出した作品は、僕の中のオールタイムベスト作品の一つになった。)今年も、そうした心の底から大切に思える作品たちと出会えたことが、一人の映画ファンとして何よりも嬉しかった。

先ほど、「それぞれの選出理由は異なる」と書いたが、ただ5年目にもなると、自らの琴線に触れる作品の大まかな傾向が自分の中で浮き彫りになってきていて、特に今年は、その傾向が顕著に出ていると思う。ここで紹介する作品たちが、今この記事を読む全ての人に対して開かれたものであるかは分からないけれど、ただ、せっかくランキングを編纂するのであれば、今この記事を読むあなたに、一本でも多くの作品に興味を持ってもらいたいと思い、今年も10本の作品の短評をランキングに添えた。少しでも気になる作品があれば、ぜひ予告編だけでもチェックしてもらえたら嬉しいです。




【10位】
百花

日本映画界を牽引する稀代の名プロデューサー・川村元気。彼の長編監督デビュー作『百花』は、彼自身の映画観や美学を容赦なく追求してみせた特異な野心作であった。多くのシーンが長回しで撮影されていることが象徴的なように、彼は、レンズを通して現実と異なる時間・空間を創り出す「映像表現」によるストーリーテリングの可能性を誰よりも強く信じているのだと思う。余計な台詞やカット割りを徹底的に排しながら静かに物語を推進していく今作は、まるでインディペンデント作品のような気概を感じさせる。今作はそれ故に、彼が属する東宝のメジャー作品群の中でも明らかに異彩を放っている。物語の内容についても、映像表現についても、2021年に日本公開された大傑作『ファーザー』と比べて語りたくなる点が多数で、これほどまでに高い完成度を誇る今作が長編監督デビュー作であるという事実は、もはや恐ろしくすらある。


【9位】
ベルファスト

「私が愛した場所、愛した人たちの物語だ。」というケネス・ブラナーの言葉のとおり、今作は、彼自身の少年時代を映し出した極めてパーソナルな作品である。1969年の北アイルランド紛争を描いた物語が、2022年現在の世界情勢とリンクしてしまったことは、とても悲しいことではあるが、逆に、今作が描き出した、数々の分断によって蝕まれた現実の世界に対する「映画」からの回答は、その普遍的な輝きを何倍にも何十倍にも増すことになった。その回答とは、大人が子供へ伝えたいこと、いや、伝えていかなければならないこと、そのものである。たとえ綺麗事だと言われたとしても、フィクション性を介した「映画」には、私たちが真に目指すべき未来のビジョンを示す力がある。そしてそれは、私たちにとって、この仄暗く不透明な時代における何よりも輝かしい道標となる。今作が、単に温かなノスタルジーに満ちた作品では決してないことは、これから先、時代の流れの中で証明されていくはず。


【8位】
ある男

日本映画界における最重要監督の一人、石川慶の新作は、まさに『愚行録』(2017)や『蜜蜂と遠雷』(2019)をはじめとした彼の過去作がそうであったように、今後の日本映画の絶対的水準を何段階も引き上げてしまうような大傑作だった。今作のメインテーマは、原作者・平野啓一郎が掲げる「分人主義」。そうした極めて文学的なテーマを、端正な演出と演技による上品なアンサンブルを通して立体的に伝える石川監督の映像作家としての手腕は、今作においてこれまで以上に鋭く洗練されている。「メジャー配給 × ベストセラー小説の映画化 × 日本映画界屈指のオールスターキャスト」という王道の座組みによって、真の意味で世界に通用する日本映画が生まれた事実は、数え切れないほど多くのクリエイターの希望になったはず。これから先、石川監督たちが切り開いていく日本映画の未来に、とても大きな可能性を感じる。


【7位】
ウエスト・サイド・ストーリー

なぜ『ウエスト・サイド・ストーリー』は、長年にわたって無数の観客から求められ続けているのか。なぜこの物語は、2020年代において、2度目の映画化として「再演」されたのか。その問いこそが、スティーヴン・スピルバーグ監督がメガホンを取った今作の本質に迫る上での最良の手掛かりになると思う。数々の分断によって蝕まれた世界で、それでも、その隔たりを乗り越えて求め合おうとする者たちの愛と信念の物語。その極めて普遍的なテーマは、数々の時代を超えて上演され続ける中でも有効性を失うことなく、そして悲しいことに、全世界的に分断が加速する2020年代において、この物語が秘める悲劇性は、かつてないほどのリアリティと重みをもって私たちの胸を穿つ。今このタイミングで、「伝説のミュージカル」が最新型のエンターテイメント映画として蘇ったことは時代の必然であり、そしてスピルバーグは、その時代の使命を完璧に全うしてみせた。一本の娯楽映画としての完成度で言えば、断トツで2022年トップであると思う。


【6位】
カモン カモン

今作の劇中には、大人と子供によるインタビューシーンが何度も繰り返してインサートされる。そうしたシーンの数々が伝えてくれるのは、インタビュー(interview)とは、単に一方的に質問することではなく、「inter:相互の」「view:観点」を通して、お互いに学び合う行為である、ということだ。大人が子供に伝えていかなければならないことが数多くあるように、大人が子供から学ばなければならないことも非常に多い。次の時代を担う新しい世代の人々が持つフラットで柔軟な視点は、私たち大人に数々のフレッシュな気付きを与えてくれるだけでなく、時に、深い猛省を促す。大人と子供の関係性を対等に描いた今作は、いつだって耳を傾けなければならないのは、そして変わらなければならないのは、私たち大人のほうであることを懸命に伝えている。この混沌とした時代において、今にも掻き消されてしまいそうな子供たちの声を未来に繋いでいくために、この映画は存在するのだと思う。


【5位】
シン・ウルトラマン

まさに『シン・ゴジラ』がそうであったように、今作の真の主役は、私たち人類一人ひとりなのだと思う。たとえ、人類が、か弱くて、多くの矛盾を抱えた存在であったとしても、それでもウルトラマンは、人類には輝かしい可能性があることを最後まで信じ続けてくれた。そして、凛と、毅然とした佇まいで、人類を守るための孤高の戦いに命を懸けて挑み続けてくれた。そうした果てしない肯定性は、まさに、フィクションとしての「空想特撮映画」だからこそ掲げられる、いや、映画にしか掲げられない至高のメッセージである。ヒーロー映画の本来的な意義は、ヒーローへ羨望の眼差しを向ける観客自身に、「あなたもヒーローになれる」ことを心から信じさせてくれることだとしたら、これ以上に素晴らしいヒーロー映画は他にないと思う。米津玄師が綴った《君が望むなら  それは強く応えてくれるのだ/今は全てに恐れるな/痛みを知る  ただ一人であれ》という言葉が、静かに、何度も胸を打つ。


【4位】
線は、僕を描く

映画『ちはやふる』3部作(2016/2018)を通して、新たな青春映画の金字塔を見事に打ち立ててみせた小泉徳宏監督が、横浜流星&清原果耶を主演に迎えて挑んだ新境地。横浜流星は、過去に『ちはやふる』のオーディションに参加したもののその時は縁がなく、今回ついに主演に抜擢されて以降、コロナによる撮影延期期間を含め1年半近くかけて水墨画の練習を重ねてきた。広瀬すずが『ちはやふる』に自身の青春を全て懸けたように、彼も並々ならぬ想いで今作の撮影に臨んでいて、そしてその壮絶な努力は、今作においてあまりにも美しい形で結実している。また、既に『ちはやふる』の時点で鮮烈な存在感を放っていた清原果耶は、今作で、この数年分の更なる成長を高らかに示している。日本映画界の未来を担う横浜流星&清原果耶の、たった一度きりの青春の季節の輝きを鮮やかに映し出した今作は、今後、2人のキャリア初期の代表作として幾度となく参照され続けていくと思う。


【3位】
流浪の月

まだ言語化されていない感情や関係性に、今もなお未分化の領域に、たとえ名付けることはできないとしても、小説は、映画は、その実存に豊かな輪郭を与えることができる。社会からタブーとして切り捨てられ、その存在自体を無きものにされようとしている人々に、小説は、映画は、微かでも確かな救いの光を当てることができる。それこそが、表現の一つの役割であり、使命であり、挑戦なのだと僕は思う。そしてその試みは、今作において一つの美しい結実を見せている。この物語は、文(松坂桃李)や更沙(広瀬すず)と同じような孤独を抱えながら生きる人々にとっての新しい「声」となる。この社会は、不条理で不平等で不寛容ではあるけれど、それでも、この「声」が響き続ける限り、「私は、もう一人ではない」という温かな確信を得られる人が、この先に一人でも増えていくのだとしたら、それこそが、この物語が生まれた理由であり、眩い存在意義なのだと思う。この「声」に耳を傾けられる社会が実現するその日まで、表現者たちの闘いは続く。


【2位】
ベイビー・ブローカー

黒々とした雨が降り頻るこの社会には、既存の「家族」という傘の中に身を寄せることのできない人々がいて、また、その中には、「自分は生まれてきてよかったのだろうか」という根源的な不安や葛藤を抱える人たちも存在する。その切実な問いかけに答えること、つまり、あらゆる人に「生まれてきてくれて、ありがとう」と伝えることこそが、この物語が紡がれた理由なのだと思う。是枝監督は、今作において、これまで繰り返して描いてきた「家族」というテーマを超越した先に、「生きるに値しない命などない」という究極的なメッセージへと辿り着いた。その願いの深淵さに、そして、映画作りを通してそのメッセージを社会に鋭く投げかけていく表現者としての覚悟の深さに、僕は強く奮い立たされる思いがした。映画は所詮はフィクションであり、直接的に現実に作用することはできないけれど、それでも今作は、今もどこかで雨に打たれている人にとっての救いの「傘」になり得る。だとしたら僕は、微力ながら、この映画が一人でも多くの届くべき人に届くよう、今作の存在を広く伝え続けていきたい。


【1位】
すずめの戸締まり

新海監督は、これまで約20年間にわたり、一つひとつのアニメ映画の制作を通して、同じ時代を生きる私たち観客に、「あなたは、きっと大丈夫だ」と繰り返し伝え続けてきた。そうした想いは今回の最新作にも貫かれていて、なおかつ、彼が長年にわたり懸命に訴求し続けてきた「大丈夫」という絶対的肯定のメッセージは、今作において、かつてないほどに広い射程を獲得した。例えば、『君の名は。』と『天気の子』においては、恋愛、つまり、自分以外の大切な人の存在が物語を駆動する核心として描かれていたのに対して、『すずめの戸締まり』は、他の誰かによってではなく、自分自身によって自らの人生を肯定する物語であった。これはあまりにも大きな変化であり、新海監督は今作の制作を通して、ついに、全方位の観客に対して有効に響き得る究極のメッセージへと辿り着いた、ということなのだと思う。そして彼は、その絶対的肯定のメッセージを最大限に出力させるために、今作において王道のエンターテインメント作品を志向し、そして見事に、リアルとファンタジーを新結合させた国民的アニメ映画を完成させた。このように、比類なきほどの普遍性を誇るメッセージと、それを正しく伝えるための方法論が美しく合致したことこそが、『すずめの戸締まり』が新海作品の中で「集大成にして最高傑作」と称される理由であり、今作がコロナ禍においても特大ヒットを記録していることは必然的であるといえる。今作は、新海監督のキャリアハイを更新した作品であるのみならず、時代のポップを鮮やかに射抜いた作品として、2020年代のポップ・カルチャー史に燦々と輝き続ける歴史的な1本になっていくと思う。新海監督、そして、彼のもとに集った全てのクリエイター/声優陣に、最大限の敬意を表したい。


2022年、僕の心を震わせた「映画」ベスト10

【1位】すずめの戸締まり
【2位】ベイビー・ブローカー
【3位】流浪の月
【4位】線は、僕を描く
【5位】シン・ウルトラマン
【6位】カモン カモン
【7位】ウエスト・サイド・ストーリー
【8位】ある男
【9位】ベルファスト
【10位】百花



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