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「映画」は、「戦争」を超えることができるのだろうか?

【『1917 命をかけた伝令』/サム・メンデス監督】


若き兵士2人が、敵軍が撤退した無人地帯を超えて、前線まで伝令を届ける。

言葉で表してしまえば、ただそれだけの映画であるはずなのに、鑑賞からしばらく経った今も、轟かしい余韻が消えない。

あまりにも、凄まじすぎる。



まず、何よりも特筆すべきなのが、「全編を通してワンカットに見える映像」だ。110分間の「戦争体験」を再現した撮影/編集の技術は、はっきり言って過去作とは比にもならない。

縦横無尽に宙を舞い、銃撃や砲撃を避けながら地を這う、まさに、執念のカメラワーク。それでいて、あらゆる画が、背筋が凍るほどに荘厳で、美しい。特に、燃え盛る教会が、廃墟となった街並みを照らすシーンには、思わず息を飲んだ。ここに、撮影監督ロジャー・ディーキンスの意匠を見た。

そして、矛盾するようではあるが、意識的に観なければ「全編ワンカット」であることを忘れてしまいそうになる。

主人公の若き兵士2人の「主観」としての視点と、混迷を極める戦地において、彼らの無力さを相対化させる「客観」としての視点。その残酷なバトンタッチを繰り返しながら、主人公と同じ時間軸を生き抜く。油断したら最期、1分1秒たりとも、安全なシーンなどない。

その過程で生まれる未知なる没入感は、客席とスクリーンの境界を無化してしまう。そう、今作は決して、単なる「2人の兵士を追いかける映像」ではないのだ。

僕の拙い言葉では、これ以上に、今作が与えてくれた驚きや興奮を言い表すことができない。身も蓋もないことを言ってしまうようだが、今すぐにでも、劇場で(可能であれば、IMAXシアターの最前列で)鑑賞することを強く推奨する。



ただ、語弊を恐れずにいえば、今作の真価は、そうした映像の技術を超えた先にあるように思う。

サム・メンデス監督は、自らのキャリアを懸けた一大プロジェクトについて、こう語る。

《私が戦争という概念を初めて理解したのは、祖父から第一次世界大戦の話を聞いた時だった。これは祖父の戦争体験についての映画ではなく、当時の祖父の精神ーー兵士たちが乗り越えた試練、払った犠牲、自身の命よりも偉大な大義を信じる心ーーを描いた作品である。》
《「戦争とは何なのか」「そこで人間には何ができるのか」という疑問を、私に足りない勇敢さを主人公に託して、脚本を執筆したんだ。》

やはり、とでも言うべきか、巨匠サム・メンデスが、単なる「戦争映画」を撮るはずもなかった。

この映画は、大義や自由のために、自身を犠牲にした全ての軍人へ向けたリスペクトの表れである。そして、彼らの意志を未来へ引き継ぐための揺るぎなき決意であり、透徹な祈り、深淵なる願いである。



「映画」は、哀しみの歴史を変えることはできない。

「映画」は、現在進行形の悲劇を止めることはできない。

「映画」は、いつまでも消えることのない傷を、痛みを、トラウマを、決して癒し切ることはできない。

それでも、「映画」は「戦争」を超えることができるのか?

あえて無防備な言葉で表してしまったが、今作は、その果てしなき問いに対する、サム・メンデス監督による偉大なる回答である。

衣食住にも与さない。毒にも薬にもならない。所詮、作り物だ。しかし、そんな「映画」だからこそ、過去の「戦争」を乗り越えることができる。今まさに開戦中の「戦争」に立ち向かうことができる。未来の「戦争」を止めることができる。

綺麗事かもしれない。不謹慎かもしれない。現実逃避かもしれない。それでも、「映画」には、その力がある。サム・メンデス監督は、そう信じているはずだ。

僕は、彼が描いた今作のラストシーンを観て、魂を揺さぶられるような体験をした。どれだけの言葉を綴ったとしても、決して紡ぐことのできない「命」のドラマに、涙が止まらなかった。

サム・メンデス監督が「映画」に託した想いの全てが、あの瞬間、最も美しい形で結実した。これを、歴史的傑作と言わずに何と評すればいいのか。



もちろん、気軽に薦められるような作品では決してない。この110分間が、ただの「鑑賞」などという受動的体験で済むはずがないからだ。あらゆる観客に、一定のストレスを強いることは間違いないだろう。

それでも、この記事を読むあなたが、今作に興味を抱いたならば。

逃げ、叫び、震え慄きながら、懸命に走り抜き、命を繋いで、伝える。

その、壮絶な覚悟を。





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