住吉町で、乾杯
社会人が始まって、はや2週間。どんなに嫌な今日でも、どれだけ辛い明日でも、気づけば「昨日」になっている。
ゆっくり深呼吸をし、世界を俯瞰して見てみると、その瞬間だけ、この世界を理解できている気がする。全能を手にしたかのように。
そんなに大袈裟なものではないか。少しの間、未知の世界を冒険する、2時間アニメの主人公のような、得した気分というのが正しいかもしれない。
スーッと冷たい風が吹くと、私はまた、世界の一部に戻ってゆく。
一昨日は記念すべき社会人16日目だった。3度目の金曜日。社会人にとっての金曜日がこれほどまでに嬉しく、喜びを感じさせてくれるものとは思ってもいなかった。
喜びだけではない。とにかくビールが飲みたくなる。そして、ビールを飲めば、美味しさはいつもの1億倍で、至高というものを感じられる。
喜び、美味しさ、それは幸せ。金曜日は小さな幸せをくれる。
その、3度目の金曜日。ありがたいことに同期の仲は本当に良く、休憩時間は笑いが絶えない。
その日は、最寄り駅が近い同期のりのちゃん(仮称)と、帰り道に、油そばを食べにいく約束をしていた。
「お疲れ様です〜来週もよろしくお願いいたします」
上司の方々に挨拶を済ませ、終業。
「疲れたね〜あ〜金曜日...てゆか、足痛い」
「疲れたね...今日ずっと立ちっぱだったし。私ヒールで来てたら死んでたわ」
「今日に限ってオフィスカジュアルでOKなんて運良かったね」
「まじでそれ。てゆかお腹減ったー。なんか、軽くお酒飲みたい気分」
彼女のその一言で、油そばの予定は抹消され、軽く飲みに行くことになった。
近くに同期の高江くん(仮称)がいたので、3人で行くことに。珍しい組み合わせだった。
雨も小雨になり、「どうする?」と3人でお店を探していると、外への仕切りがない開放的な居酒屋を発見。雰囲気も良さげ。
「ここにしよっか。俺が入れるか聞いてくるね」
「わかった。ありがとう」
大学生くらいの美人なお姉さんに聞きに行くと、一番外に近い席に案内された。結構寒かったけど、その方が換気されるし結果的に大正解。
席に座ると、早速注文。
「生とレモンサワーとカルピスサワーで。あと、串カツセットと豚キムチ、枝豆お願いします」
「はいよっ」
高江くんはガタイもしっかりしたスポーツマンなんだけど、意外にもカルピスサワーという可愛いもの頼む。こういうところが、愛される理由の一つだ。
「じゃあ、お疲れ様です!かんぱーい!」
「お疲れ様〜かんぱーい!」
キンキンに冷えたビールが喉を通るたび、幸せが増していく。テーブルに置いたときには生中が半分に。
「なんでそんな一気に飲めるの」
レモンサワーを飲んで、幸せそうなりのちゃんに聞かれた。
「だって喉渇いてたし、美味しいんだもん」
「高江くんはカルピスサワーどう?」今度は私が聞いてみた。
「美味しいよ」
いつもより柔らかい表情をした高江くんを見て、「本当に可愛いなあ」と私とりのちゃんは、微笑ましくなった。
それからのこと、話題は尽きない。研修の話をしてみたり、お互いのプライベートについて触れてみたり。減っていくビールと対照的に二人への愛は増していく。
「同期最高だな〜。りのちゃんも高江くんも本当にいい人だし」
「それ、私も思う」
「確かにね。最初の1週間は毎晩寝れなかったけど」
「えっ、寝れなかったの!?」私とりのちゃんは驚きのあまり口を揃えて聞き返した。
こうして、また、新しい話題に変わってゆく。テーブルには2杯目のビールが。
尽きない話題、減ってくビール、増してく愛。
終盤はほぼ下ネタだった。
そんなこんなで話に没頭していると、閉店の時間に。お会計を済ませ、3人で駅まで向かった。
別れは寂しい。どうしようもなく寂しい。別れが寂しいんじゃなくて、「二人だから」別れるのが寂しい。
「今日はありがとう!また月曜日!」
りのちゃんと二人で手を振り、小さくなる高江くんを見つめた。
一人目の別れ。
私とりのちゃんは互いの最寄り駅まで向かう。
帰り道の話題は決まって、「楽しかった。研修が終わるの嫌だね」ということだった。
りのちゃんとは最寄り駅が隣だから、ここ2週間、毎日一緒に帰っている。同期と過ごした時間の中ではりのちゃんとの時間が一番長い。
「まもなく、千種、千種です」
人数の少ない金曜夜の電車で響く、アナウンス。
「お疲れ様。今日はありがとう。気をつけて帰ってね」
「ありがとう。お疲れ」
扉の前でりのちゃんを見送る。
二人目の別れ。
そうして、3度目の金曜日は終わった。
気づけば、今日や明日は昨日に変わるけど、楽しい今日だけは昨日に変わって欲しくない。
それでも、明日がくるから、今日はいつか、終わってしまうと分かっているから、今日が楽しくなるし、明日があるから、今日を頑張れる。
きっと愛は、寂しさと明日への原動力。
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