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みみっちい私と、ミッチーになり損ねた夫

挙式一週間前、ブロッコリーのように毛髪を爆発させた夫とともに資生堂へ行った。
私はブライダルエステ、夫は散髪のためである。

私がエステを予約したときに、夫が「ここ散髪もやっているみたいだから、俺も行こうかな」と同じ時間に予約を入れてきたのだ。
ブロッコリーの分際で資生堂で散髪なんて、贅沢な野郎である。

資生堂へ行く前日、「そういえばどんな髪型にしてもらう予定なの?」と尋ねると、彼は無言でスマホの画面をこちらに向けた。

そこには、光沢のある紫の衣装を着た及川光博氏がいた。

まさか自ら寄せにいくようになる日がこようとは。
日ごろからミッチーミッチーとほめそやした甲斐があったというものだ。

しかも奇しくもこの日は、ミッチーのお誕生日に向けて「超 We love ミッチー♡祭」という、24時間以上にわたるニコニコ生放送のバースデー特番と重なっていた。

ニコ生を開くと、ちょうどライブ映像を配信している真っ最中。
きらびやかに歌い踊るミッチーを夫に見せると、彼は「ホンマに踊ってるやん!」と食い入るように画面を見つめた。
ホンマに踊っているんだよ。すごいだろう。

彼はミッチーの横顔や後ろ髪のスクリーンショットを何枚か撮ると、「これで360度ミッチーや」と満足げに頷いた。
ブロッコリーの志は高かった。

本当は一日中「超 We Love ミッチー♡祭」に張り付いていたいところだが、予約があるから仕方がない。
我々は日本橋の資生堂へ向かい、受付で二手に分かれた。

私はやたら木の香りがする小部屋に通され、担当してくれるお姉さまから施術にあたっての個人情報や式の日程、肌の状態を書き込む用紙を手渡される。

肌の状態で気になる点をチェックする欄には「肌荒れ」「ニキビ」「目の下のクマ」「肌が脂っぽい」「毛穴が気になる」など、さまざまな項目が並んでいた。

……これ、「気になる」って答えたら重点的にケアしてくれるってことかな。
そしたら気になってる項目が多い人ほど、最強な顔面ケアをしてもらえるってこと?

みみっちい欲望に呑まれた私は、「気になるリスト」をレで埋め尽くした。

しばらくして部屋に戻ってきたお姉さまにリストを渡す。
リストと私の顔を行ったり来たりするお姉さまの強い目線にやや気圧されながらも、私はあたかも「肌が荒れまくりニキビだらけで目の下のクマが濃く毛穴が開きまくった脂っぽい顔の人」のような顔つきで彼女の確認作業を待った。
やや誇張して申告したつもりだったものの、鏡をまじまじと眺めるとあながち嘘とも言えない状態だった。かなしい。

ベッドに仰向けになるとほかほかの蒸しタオルで顔を覆われ、その後少し冷たいクリーム状の何かをペタペタと塗りたくられる。
それを拭って、また蒸しタオルで顔をあたためられ、また別のクリームが顔面に伸ばされる。
そして極細の掃除機のような謎のマシンでシュッポシュッポと顔を吸われたり、蒸しタオルの上から顔の骨をごりごり押されたりなどもした。

エステの詳細があやふやなのは、最初に蒸しタオルを顔に押し当てられたあたりから眠くなってしまったからだ。
正直に言って、「うお~ほかほかしてる~」と思ったことと、「何度もクリームや謎の液体を顔に塗りこまれるこの感じ、『注文の多い料理店』みたいだな」と思ったことしか思い出せない。

半分うとうとしている間に施術が終わり身体を起こすと、いつもよりも上気した自分の顔が鏡に映った。すごく蒸されたもんなぁ。心なしか、蒸された顔からほんのり肉まんのような香りがするような気さえする。

いただいた資生堂の特製ドリンクを一瞬で飲み干し、夫と待ち合わせていたショッピングモール内の掲示板のもとへと向かう。
見慣れた青いミッチーシャツを見つけて駆け寄って、振り返った彼の髪を見てのけぞった。

全然ミッチーじゃなかったのである。


どう見ても、はちわれ猫だった。

念のために説明しておくと、はちわれ猫とは顔の毛の色が頭のてっぺんを中心に八の字を描くように分かれている模様の猫のことである。

呼んだ?

夫の髪の毛もはちわれ猫のごとく、頭のてっぺんから左右に真っ二つに分かれ、おまけに切りたてだからか猫の耳のようにやや左右に盛り上がっていた。

ミッチーの写真を持っていったのに、何がどうなればはちわれ猫になるわけ?

笑ってはいけない、笑ってはいけないとこらえながらも、きょとんと首をかしげた彼がますます猫に見えて、ついに私は決壊した。

「でも似合ってる!でもかわいい!!」と何が「でも」なのかは言わないまま、苦しさに腹を押さえたまま必死に褒める。

夫は私の激しさに若干引き気味ではあったが、「よかった」と照れて髪を触った。aikoか(「気付かれないように」)。

落ち着いてから事情を聞くと、夫はごく真面目にミッチーの写真を美容師さんに見せ、「こうなりたい」と言ったのだそうだ。
しかし「トップの髪の毛があと3センチほど足りない」と言われ、なんだかんだミッチー候補生的な扱いとして、トップを伸ばしながらもブロッコリー味がある側面の毛は切るという方向で話がまとまったらしい。

「ミッチーって前髪が長いイメージがあったけど、トップの毛も長いんやな」と夫はやや悔しそうに頭頂部の毛を指で梳いた。
それはそうかもしれないが、センター分けは美容師さんの趣味だ。

できればいつもどおり七三にしてほしい(さもなくば私の腹筋が死んでしまう)。
そう伝えると夫は「俺もその方が好き」とせっかくワックスをつけてもらった髪をくしゃくしゃと緩め、見慣れた七三に戻した。

挙式まであと、一週間。
夫のトップの毛は、おそらく彼が期待しているほどには伸びないだろう。

「るるっぺの方はどうだった?」
そう聞かれて、みみっちさ全開で「気になるリスト」を埋めたこと、でもエステの詳細は気持ちよすぎてあまり覚えていないことを話した。
「でも、お肌ピカピカしてるよ。さすがエステやな」
嬉しそうに彼は言った。欲張った甲斐があったわい。

挙式まであと、一週間。
私はこの肉まんのごときモチモチの肌質を保ちたい。

そのためにも早めに寝なくてはと思いながら、私はミッチーのバースデーカウントダウンを見届けるべく、日付をまたいでニコ生にへばりついていた。
53歳になりたてほやほやのミッチーはやんごとなきオーラをキラッキラに放っていて、いかにもお肌によさそうだったから、まあ、いいか。

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