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短所が思いつかねんだ

6月から勉強していた図書館司書の資格をついに取得し、約5年ぶりに就活に勤しんでいたある日のこと。
第三志望の図書館から面接の案内が届いた。
zoomでグループ面接と小論文をおこなうらしい。履歴書や職務経歴書を再読したりしていたら、あっという間に当日になった。

途中までは、すこぶる順調だった。

「図書館司書を志望した理由は」
「前職ではどのような経験を」

私は予想通りの質問の数々に内心ほくそ笑みながら用意しておいた答えをサクサク答え、三人の面接官はふむふむと頷いたり、メモを取ったりしていた。
「趣味は?」という質問には「本を読むのも作るのも好きです。文学フリマという本の即売会イベントに三年間出ていて~」と抜かりなく答え、読書好きアピールもばっちりだ。
今のところ大きな失敗はしていないはず。どうかこのまま終わってくれ……!
そう願っていたら「僕からもいいですか?」と面接官の一人が手を挙げた。

長所と短所を教えてください

は、長所と短所?
予想外の質問に面食らって固まっていると、「じゃあ、つるさんからどうぞ」と手のひらを向けられた。
単純に私の意識が低いだけかもしれないけれど、普段生活していて長所と短所を意識することはほとんどない。
しいて挙げるなら「無駄遣いをあまりしない(長所)」とか「夫が眉根を寄せてちゃむちゃむとアイスの後味を追っている仕草が、かわいこぶってるように見えてムカついてしまう(短所)」と言いたいけれど、おそらく彼が聞きたいのはそういうことではない。もっと性格の根源を表すような、そして仕事に影響があるようなことだろう。
画面に映る、面接官の男性をじっと見る。
彼は顔の前で両手を組んで、じっと私の答えを待っている。
碇ゲンドウじゃないんだからさ。

黙って見つめ合っていてもどうしようもないので、私は慎重に長所を話しだした。
実はちょうど最近、私は友だちに褒められたばかりだったのだ。

「長所は計画性があることです。私は実現したいことに向けて無理のないスケジュールを立て、やるべきことを細分化したうえで、得意不得意や好き嫌いに関係なく着実に消化していくことが得意です。例えば〜」

居酒屋で言われた文フリについての褒め言葉をそのままコピペしながら私は自分の短所を必死に探ったが、何も思いつかないまま長所を話し終えてしまった。

「次に短所ですが……ちょっと、思いつかないです

雰囲気の圧に押されるままに、言葉がするりと躍り出た。
痛ましいほど爽やかな自分の声を聞きながら、顔には笑顔まで浮かべながら、もちろん内心は激しく動揺していた。
今までさんざん謙虚なふりをしてきたくせに、短所がないですって?
そんなわけないじゃない、自己肯定感の塊かよ。
ゲンドウは指を組んだまま私を見ている。

「いや、あるにはあるんですよ、例えば……」

例えば?
早く楽になろうという一心で外に流れ出そうとする言葉を喉にせき止めて、必死で考える。

短所は大きく分けて三段階に分けられる。
その一、誰がどう聞いても短所としか捉えられないような純然たる短所。「意地悪」とか「盗み癖がある」とか、友だちになることすら拒否したくなるタイプ。
その二、短所ではあるものの、意識すれば直るんじゃない?というレベルの短所。「飽き性」とか「欲張り」とか、業務によっては活かせる可能性もあるかもしれない。
その三、もはやそれ長所じゃんとつっこみたくなるような短所。「お節介(それただの親切)」とか「無茶しがち(それただの努力家)」がここに分類される。

さて、ここで「誰がどう聞いても短所としか捉えられないような純然たる短所」を述べれば、面接官の目に私は深刻な短所を秘めて入社を試みたスパイと映るに違いない。
だがここで「短所ではあるものの意識すれば直るんじゃない?というレベルの短所」、あるいは「もはやそれ長所じゃんとつっこみたくなるような短所」を述べることができれば、ギリ、「へへ、ドジっちゃった☆」で済ませることが可能なのではないか――。

私は「短所ではあるものの意識すれば直るんじゃない?というレベルの短所」と「もはやそれ長所じゃんとつっこみたくなるような短所」をひねり出そうと躍起になった。
しかし動転して頭が空回っていたうえに場の空気の重みに耐えられず、「誰がどう聞いても短所としか捉えられないような純然たる短所」が口から飛び出ていってしまった。
もう取り返しはつかない。
面接官への心象も、短所としてのレベルも、最悪だ。

ゲンドウは「ちっ、こんな短所を隠し持っていやがったか」的な目つきでかすかに頷いたように見えた。気分は隠していた暗器を没収されたスパイである。
でもこの質問、誰だって答えに困るって。
そう自分を慰めていたら、回答を促された私と同い年くらいの女性がよどみなく話し始めた。

「私の短所は、断れないことです。周囲が自分のことを信じて仕事を振ってくれているのはわかりますし、自分もその期待に精一杯応えようと頑張っているのですが~」

あざとい!!!

え待って待って、私も断れないタイプなんですけど!!!
私の短所もそれに差し替えてもらうことってできます?

そう割って入りたくなるほどの、見事な「もはやそれ長所じゃんとつっこみたくなるような短所」だった。ただのいい人アピールじゃねえか、それ。
完璧な彼女の回答を浴びて、私は朝日を浴びたドラキュラのように灰になった。
もう終わりだ。もしこの面接がトーナメント戦だったとして、私の完敗、彼女の勝ち上がりは確実だった。

灰になった私はzoomの終了と同時にパソコンをシャットダウンし、夫のもとに駆け込んだ。
「ねぇ面接で!長所と短所聞かれたんだけど!そんなこと、考えたことなくない?」
夫はかっと目を見開いて「それは鉄板やろ!」と一喝した。
「でも私、新卒のときも転職のときも聞かれたことないよ!」と地団太を踏むと、「あんたの入社経路が特殊だっただけや」と彼は呆れたように言った。
たしかに私は新卒のときには「ここの商品を社割で買えたら最高だな」という情熱に突き動かされ、特に社員を募集していない会社に「ここで働かせてください!」と『千と千尋の神隠し』ばりの押しの強いファンレターを送って入社させてもらった。
そしてその後、大学でお世話になった先生の口利きであっさりと転職を果たした。
どちらの会社でも志望動機やこれまでの経験は聞かれたものの、他は「パソコンはどの程度使えるか」とか「今までの仕事やバイト経験でこの仕事に活かせそうなものはあるか」とか実務的なことを尋ねられただけだった。

そんなゆるふわ転職人生に、こんなしっぺ返しが待っていようとは。
その数日後に、当然のようにお祈りメールが届いた。「断れない」が短所の彼女は、おそらく通ったことだろう。
これが第一志望の図書館じゃなくて本当によかった(長所:切り替えが早い)。
その一週間後の第一、第二志望の面接で短所を聞かれたら「私の短所は、断れないことです」って答えよう、絶対に。
人の短所を堂々とパクる決意をして、第一、第二志望の面接に臨んだ。

しかし「断れない、断れない」と出番を窺いまくっていた短所は日の目を浴びることなく両社の最終面接を終え、つつがなく第一志望から内定をいただいてしまった。
長所短所を聞かない系の会社に縁がある人生なのかもしれない。

そんな話を友人にしたら「短所はありませんって、そのまま堂々としていたら通ったかもしれないよ」と笑われた。
ひょっとしたら、そうかもしれない。
私には「短所なんてありません」と開き直る胆力が足りていなかったのかもしれない(短所)。


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