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進化に見せかけて、たぶん退化。

アフタヌーンティー。
数段のお皿に並べられたおままごとみたいなこまごまとした一品をちまちまと食べながらお紅茶を啜る、食事なのかおやつなのかよくわからない、摩訶不思議でお上品な茶会。

そんな摩訶不思議でお上品な茶会に、またしても行ってしまった。
初めてアフタヌーンティーに行ったのは、今からおよそ三年前だ。

2020年の7月、当時彼氏だった男とともにアフタヌーンティーに行った私は、まるで下着のような真っ白なシャツで現れた彼に驚愕した。

それほぼ下着じゃん!!!筋肉がくっきり浮き出てるじゃん!!!
そう心のなかでは涙をこぼして笑っていたものの、本人にそうは言えずに、そしてnoteにもそこまで赤裸々に書く勇気もなく、「なんて罪深きジョゼフ(服のブランド名)」とだけ書きおいた。すまんジョゼフ。

それから三年の時を経て、夫となった男とともに芝パークホテルのアフタヌーンティーへ行くことになった。
当日、ひげを剃ってシャツに袖を通す夫を見て、思わず私は黄色い声を上げた。

やだー!服、似合うね!!!

服を着た夫を見るのが久しぶりだったのである。
テレワークが主な彼は、普段は長く愛用しすぎて天使の衣装のように下に伸びた白いタンクトップ姿で熱心に仕事に励んでいる。
そんな無防備な姿に最初はそこそこ面食らっていたはずの私は、いつしかそれに慣れ、愛おしく思うようにさえなっていた。

たまに流れてくる恋愛ものの記事には「長く愛されたいなら、下着姿でお部屋をウロウロしちゃダメ♡」とか書いてあるけど、私にかぎってはそれは有効ではない。

日頃の下着姿に見慣れた今、外出着に着替えただけの夫は圧倒的な破壊力を放っていた。
何の変哲もないシャツを羽織っただけで生まれる、凄まじいギャップ。
下着姿ならかわいい、服を着ると格好いい。
なんなんだ夫、一粒で二度おいしいなんてずるいぞ。

悔しいと思いながらも私は地下鉄のなかで何度も夫の袖をつまみ、「服!似合うね!」「やっぱり服は、たまには着たほうがいいね!!」と我を忘れてほめそやしてしまった。

いいなぁ、夫。
彼は少女漫画のヒーローみたいに、眼鏡を取る必要も、もっさりした前髪を切る必要も、家が豪邸だったりする必要もない。
ただ服を着るだけで「うーはー!かっこよー!たまらん!男前すぎる!最高!」とうるさいほどにモテるのだ、私から。

ひょっとして今だったら、夫がムチムチのジョゼフの白シャツを着てきても喜んだかもしれない。
これは進化なのだろうか、それとも退化なのだろうか。

ホテルに着いてうやうやしく座席に通され、アフタヌーンティーがやってきた。
三段重ねの皿の上に、ちまちまとした菓子が何種類も乗っている。

世にも素敵なアフタヌーンティー

「こちらは江戸切子見立てのザクロと杏仁の二層プリンでございまして、こちらは江戸扇子見立ての黒胡麻シフォンとなっております。それからこちらは〜」(←何一つ思い出せなかったのでメニューを見返して書いています)

サラサラと、立て板に水ってこういうことね〜とうっかり意識が遠のいてしまうほどにスラスラと、店員さんは爽やかかつ丁寧にちまちまとした菓子を一品ずつ解説して去っていった。

ここで、三年前の夫の様子を振り返ってみよう。

彼はなかなか手をつけようとはしなかった。
「これは何?」
「ガスパチョをきゅうりの器に詰めたもの」
「へえ、おいしい?」
「おいしい」
そう私が答えて初めて、彼はそれをつまんだ。正体のわからないものを食べてたまるか、という強固な意思を感じた。

「ジョゼフの罪とティータイム」より

そんな初めてのアフタヌーンティーとは異なり、夫は「これは何?」とは聞かなかった。
教えられたとて理解できないと踏んだのだろう。
私が「これが……杏仁豆腐風プリンだっけ?」とメニューと菓子を見比べながら食べていると、彼は「もう、何がなんだかわからんけどおいしいわ」と自分が何を食べているのかも知らないままおいしがっていた。

なんて投げやりなんだ。
でもたしかに、名前を言われてもピンとこない、どれもこれも作り方の見当もつかないような見た目の、家庭では再現不能な味のする品だった。
いやせっかくの機会なんだから、おしゃれメニューに押されずに何食べてるのかくらいは把握しようや。

そんなふうに気持ちを揺らしながらも、私自身「おいしいね〜、きれいね〜、不思議な味だね〜」なんて、彦摩呂の前で言ったら説教詰めされそうな感想しか出てこないから夫のことはとやかくいえない。

三年前は独特な見た目の品に警戒心をあらわにしていた彼は、三年後メニューの詳細を把握することを放棄した。
これは成長なのだろうか、それとも諦念?

さまざまな紅茶をおかわりしながら一品ずつ味わっていると、だんだんとお腹いっぱいになってきた。
調子に乗ってスコーンにクロテッドクリームを塗りすぎたせいだろうか。
そのうち小腹が空いてくるだろうと高をくくっていたのだけれど、予想に反して夜になっても大して腹は減らなかった。
とはいえ何も食べずに寝ようとすれば、夜中に空腹でのた打ち回るかもしれない。
それは悲惨だ。

自宅だったら雑炊やトマトなんかを食べればいいのだけれど、この日は翌日KaoRuさんをホテルに迎えにいく都合があったため、そのまま芝パークホテルに泊まることになっていた。
食べたいものがいまひとつ絞れないまま夜道を歩くと、チェーン店の牛丼屋やマクドナルド、焼肉屋や居酒屋などさまざまな店が大通りに溢れていた。

「せっかく外食するのに言いにくいんだけど、なんか……こんなにがっつり食べられる自信がないわ」
店を見渡してそう言うと、夫は「よかった、俺も!」と繋いだ私の手をぶんぶん振った。
意気投合した私たちは、嬉々としてコンビニを物色した。

そして私たちはホテルに戻り、夕食を広げた。
私は、おむすびと豚しゃぶサラダを。
夫は、うどんとブリトーとチキンを。
「これさえ飲んでおけば大丈夫」感のあるビタミンジュースを添えて。

夕食

三年前の私の胃袋は、今よりもずっと消化吸収が早かったらしい。

ホテルを出ると、先ほどまで感じていたはずの満腹感が腹六分目くらいにしぼんでいた。
豪奢な雰囲気の圧に押されて胸はいっぱいになっていたけれど、やはり物理的な量としては足りなかったのだ。
どうにもお腹が落ち着かず、ヘトヘトに疲れたという彼と別れたあと一人マクドナルドに立ち寄った。

「ジョゼフの罪とティータイム」より

マクドナルドに立ち寄る、だと?
このお腹の状態でポテトやハンバーガーを貪るなんて、ちょっとどうかしている。
ポテトの香りにホッとするどころか逃げ出したくなった私は、三年分きっちりと老化しているらしい。

翌日の話はこちら。


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