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食の意識高い系

「つるさんって、いつも玄米食べてるよね。やっぱ美容とか意識してる系?」

上司と食事のタイミングがかぶると、揶揄するような口調でそう言われることがある。
「白米食べたくなったりしないの?」「俺は玄米食べたくないわ~」
そんな言葉が付いてくることもある。
食の意識高い系」とでも囃したげな雰囲気に、ムッと口を閉じる。

大学を出てから今にいたるまでの4年間、私は玄米を食べ続けている。
半額パンを買えるときには買うけれど、やっぱり基本的には米派である。

もともと玄米を食べ始めたのは、私の卒業論文のテーマが「どうして日本人はもちもち食感が好きなのか?」だったからだ。
それを研究しているうちに米にのめり込んでしまい、「もちもちの酵素玄米」を売りにしたおむすび屋に出会い、「玄米で手軽に健康に!」というその会社の理念に惹かれて新卒採用もしていない会社に卒論を携えて「ここで働かせてください!」と千と千尋並みの情熱で迫り、めでたく就職したのだった。

その会社のおむすびは非常においしかったが、毎食食べるには少し厳しい値段だった。
ならば社割でまかなってしまおうという壮大な下心を隠し持ってこそこそと入社したものの、接客のテンションも部下に対する態度も上がり下がりが日替わりの店長にぶん回されて「この仕事ヤバいかもしんない……?」と怯えるようになり、結局数ヶ月後に思いきりよく辞めてしまった。我ながらはた迷惑な話である。

退職が頭をよぎったときに「でも酵素玄米は好きだから」と意を決して買ったのが、なでしこ健康生活の炊飯器である。

お値段なんと6万円。一人暮らし用の普通の炊飯器が数千円~1万円強くらいで買えることを考えると、相当に強気な値段である。
私がこれまで買った家電の中でも、ダントツぶっちぎりのトップ価格だ。たぶん死ぬまで使い続けると思う。
でも圧力なべの大きさに慄き、保温ジャーに移してという過程を億劫に感じてしまった私にとっては、この買いものは決して高いものではなかった。

そんなふうに日々淡々と専用炊飯器で玄米を炊いていたある日のこと。

圧力なべで酵素玄米を炊いている花丸恵さんの記事を拝読して「カピカピの玄米で作る贅沢おじや!おいしそ~!」と目が釘付けになってしまった。

圧力なべで炊き、保温ジャーで保管していると、たしかに次第に表面はカピカピになっていく。私の元職場のおむすび屋でもそうだった。

私が働きだすまでは容赦なく捨てられていた部分だったけれど、慎重にこそげ取って雑炊にするとおこげのような香ばしさと弾力のある歯ごたえで非常においしいことが発覚し、以来バイト仲間と交代で確保するようになった。

そんな思い出のある私の初職場は、コロナのあおりを受けてか少し前に潰れていた。ふと久しぶりに行ってみようと検索してつい最近、そのことを知った。
あぁやっぱりとも思ったし、胸に小さな穴が空いたようにも思った。

そんな切なさはさておき、酵素玄米専用のなでしこ炊飯器にはあまりおこげは期待できない。

むしろあまり長期間保温しておくと米自体が押し入れのような匂いになってしまうので、3~4日ほどで食べきってしまうのが理想だ。

いいなぁ丸恵さん。猛然と鰹出汁を引いたおじや、私も食べたいなぁ。
そんな羨望のよだれを垂らしながら謎に急旋回してしまった話を戻していきたいのだけれど、玄米を食べていると「それ、美容健康にいいって言われてるから食べてるんでしょ?ホントは好きじゃないんでしょ?」と一方的に意識が高い人だと決めつけられたり、「ほら、久しぶりに白米(あるいはパン)食べてみなよ。私のちょっとあげるからさ」と一言もほしいなんて言っていないのに食べものを恵まれそうになったりする。

ひそかにこれを、コメハラと呼んでいる。

でもよく考えたら、これは玄米だけの話ではない。
好きでやっているぬか漬けだって「ええー、毎日かき回すんでしょ?頑張ってるね!」と言われて「ありがとうございますー」とニコニコ答えながら、頑張ってねーわ!好きでやってんだからほっといてよ!と思うこともちょいちょいある。
ひょっとしたら、白湯だってそうかもしれない(好きで白湯飲んでるとき子さんを「モデルか(笑)」などと冷やかす奴がいたら、私はハリセンを手に駆けつける)。

なにより残念なのは、自分が好きで楽しくやっていることなのに「偉いよね」「頑張ってるよね」「ほんとはやりたくないんでしょう」と一方的に決めてかかられると、もうそれ以上話す気になれないことだ。

本当は、ピンとしゃちこばった炊きたて玄米が日を経るにつれて柔らかく円熟し、もっちりしていく愛おしさについて語りたいのに。
お茶碗一杯分くらいが残った炊飯器に卵やキムチや納豆に干しエビなど、好きなもの全部入れてぐるぐる混ぜてスプーンで食べる幸福感だって、うんとめっちり語りたいのに。

くそ、コメハラだ。うっせぇな。

そう感じた瞬間に、私は「そう玄米って、食物繊維は白米の約6倍、ビタミンEは約12倍、マグネシウムは約5倍もあるんですよ!すごいでしょ~」と営業スマイルで機能的、物理的なメリットを説いてしまったりする。

それはバイト仲間の玄米オタクに誘われて玄米マイスターを取得したときに得た知識なのだけれど、こんな形で役立てたくはなかった。
私がしたいのは、決して目に見える栄養の話や美容の話だけじゃないのだ。

たしかに私も最初は手軽に健康になろうと思って玄米を食べ始めた。
私は炒り豆や乾パン、玄米ブランのような、「とりあえずこれさえ食べときゃ大丈夫!」的な食材なのか食事なのか判断に迷うような素朴な食べものに異様に惹かれてしまうからだ。

でも食べ続けているうちに、玄米自体への愛情が湧いてきてそれ自体のおいしさや楽しさを共有したくてたまらなくなった。
もしかしたら私が根気強く玄米のおいしさを説き続けていけば、美や健康のようなわかりやすさにしか価値を見いだせない人の心を動かし、手を取り合える日も来るのかもしれないけれど。

残念ながら、私はそこまでお人好しではない。
だから今日も内心毒づきながら笑顔で玄米を食べつつ、丸恵さんのおじやに思いを馳せていた。
そしてこんな愚痴をnoteに書いて、きっと似たような思いを抱いている人たちと「コメハラうざいよねー!」と傷を舐めあうのだろう。

とても数年前までお客さんに玄米を勧めまくっていた玄米マイスターの所業とは思えない。

今日のお弁当。エビ率高し


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