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行きはよいよい、帰りは…。

小雨の降りしきる土曜日の昼過ぎ、江古田のぼっとう&よはくというコワーキングスペース兼本屋さんに行ってきた。

緒真坂さんの作品をゲットするためである。
本当は、数ヶ月前に橘鶫さんの読書感想文を読んでからずっと気になっていた。

「読書好きで、小説が読めないようなひとにも読める小説を書きたいと願っている。」
 自分のことだと思った。


小説を読めなくなってしまったと思っていた私が、読めた。読めて、以前のようにきちんと楽しめた。この本は私を小説を読める体質に戻してくれた、記念すべき一冊だ。
(「鳥描きから小説家・緒真坂氏への一方的な書簡」より)

読まねば、と直感した。
読書好きで、小説が読めないようなひと」という言葉に、ちくりと胸を刺された。
ほかならぬ私自身が、小説が読めなくなってきた人間だからである。
社会人になる前となった後とで、私の読む本はだいぶ変わった。
好きな作家が変わったという意識は、ほとんどない。けれど、その比重はあからさまに変わった。
もともとは国内外の小説もエッセイも、あまり隔てなく読む方だった。しかし社会に出てしばらく経つうちに、自分と住む世界がかけ離れている作品をなんとなく避けるようになった。

真っ先に長編ファンタジーが弾かれ、次いで学園ものが視界に入らなくなり、その後、外国文学の棚に足が向かなくなった。
図書館で借りてくる本も、以前は小説とエッセイが半々くらいだったのに、いつのまにかエッセイ8割、小説2割程度の割合に落ち着いていった。その小説も、社会人が主人公の短編小説ばかり。
ふとした拍子に「私、昔あんなに小説が好きだったのに」と寂しさを感じることもあったが、仕事が忙しいうちは仕方のないことなのだと自分に言い聞かせていた。鶫さんの長編小説『物語の欠片』に出会って壮大な世界観に魅了されたのは、まさにそんな時だった。

そしてその出会いを取っ掛かりに、緒真坂さんとつながった。あれだけの作品を書いている鶫さんのイチオシなのだから、おもしろくないはずがない。

ネットで買おうかどうしようか悩みながら、ご本人のnoteをちょこちょこと読み進める。ああ、やっぱり好きな感じだな。でも、狭いワンルームに住む者としては、やはり一度手に取って考えたい。いかがせむ。

そんなある日、めがね書林さんのツイートで一棚本屋さんとして出店しているのを知った。

なぬう!これは行かねばなるまい。
なにせ江古田だ。
幸いにして江古田は、我が家からそれほど遠くない。
そして今のアパートに出会えていなかったら住んでいたかもしれない町という、個人的な思い入れがある。
たしかその部屋は、家賃5万円ほどのアパートだった。
そんな、いつか行ってみたいと思いながらも結局降りたことのない町、江古田。

ついに私は、江古田で降りるのだ。
しかも、緒真坂さんの本を買いに。
うきうきとホームページを見て、ぐぉ、と怯んだ。
西武池袋線 江古田駅南口より徒歩3分、とあった。
徒歩3分とは素晴らしい。
しかし、地図に書かれていたのはなかなかに曲がりくねった小道。
以前も書いた通り、私は相当な方向音痴である。

これ……たどり着けるかな?
みるみる高揚感がしぼんでいく。
彼氏か友だちに頼んで案内してもらおうか。
そんな甘えた考えがちらりと頭をかすめる。

だが、これは私に与えられた使命だ。
私一人で行かなければ意味がないのだ。
ここで迷わずたどり着くことができれば、「徒歩3分」とはいえ相当な自信になるに違いない。
そして方向音痴の仲間たちに、勝利の報告をしよう。

突然湧き上がってきた「方向音痴代表」としての情熱に身を焦がしながら、コンビニで地図をプリントアウトする。
見れば見るほど、不安になる道のくねり具合だ。
でも、私はやる。絶対に、たどり着いてみせる。
はやる気持ちを抑えて、前日に閉店間際のスーパーで買った大量のパンからくるみシュガーパンを選び、鞄に詰めた。
これで、準備は万端だ。

さあ で〜かけ〜よ〜う〜
ひときれの〜 パ〜ン〜
ナイフ〜 ランプ かばんに〜
つ〜め〜こ〜ん〜で〜〜〜

ジブリ大好きな弟に知られたらこっぴどく怒られてしまいそうなのだけれど、私は『天空の城ラピュタ』をきちんと通して観たことがない。
何度も金曜ロードショーでやっていたはずなのに、私の記憶にはパズーがラッパを吹いているシーンとシータが落ちてくるシーンしか残っていない。あとバルス
にもかかわらず「君をのせて」の歌詞は、少し遠出をする日にはほぼ必ず口ずさんでしまう。
そして歌詞の通りに、パンや腹持ちのいい菓子を鞄に詰めて部屋を出る。
迷子になった時に食料があるのとないのとでは、気持ちの強度が大違いだからである。

そんなこんなで気合に満ち満ちた状態で、私は江古田に降り立った。
プリントした地図を握りしめて駅の南口を出ると、右手にマクドナルドが見えた。その通りに地図を持ち変え、傘をさす。
マクドの脇の小道を通ってしばらく歩くと、ドラッグストアのある角に出る。地図の通りだ。
そこを右に曲がってまっすぐに進むと、大通りに出る。よしよし。
この大通りの目印は右手に建っているミスタードーナツ。大通りの信号を渡って左に歩くと今回の目的地、ぼっとう&よはくがあるはず。

信号待ちをしながら地図から顔を上げて右手にミスタードーナツを発見した時、私はあまりにも嬉しくて、何度も地図とミスドを見比べた。
本当に、地図の通りにミスドが建っていた
そして地図の通りに、大通りが走っていた
方向音痴でない人にはわかってもらえない感覚かもしれないけれど、この「見ているものと現実が一致している感じ」はすごい。もう、本当にすごい。

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無事にたどり着けた感動とこんなにあっさり到着してしまっていいのだろうかという不安に揺れながら、私はそのビルの二階へ上がり、「ぼっとう&よはく」の扉を開けた。

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店内のあたたかい雰囲気は、ホームページを見ていただくのが一番伝わるような気がする。とても居心地のよい、また興味深い棚ばかりの、素敵なお店である。

ちなみにnoteはこちら。

店長のakkoさんと長々と楽しくしゃべったり本を選んだりしていたら、いつの間にかこんなことに。

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お目当ての緒真坂さんの著作はもちろん(写真下段の4冊+郵便小説)、ほかの本やなぜかカレーもどんどんほしくなってしまって。

戦利品をほくほくとエコバックに収めてお店を出て、品ぞろえがよいというブックオフを覗いて帰ることにした。
途中でいい感じのスーパーがあったので寄ってみると、ほかのスーパーでは見たことのない多種類のアイスキャンデーや生きくらげ(一瞬「生き・くらげ」と読み違えて怯えた)を見つけた。
遊びにくるにも十分楽しいけれど、きっと住んでも楽しい町なんだろうなぁと思いながら店を出てぼんやりと歩いていたら、ミスタードーナツに着いた。
あれっ?
さっきこのミスドは通ったんじゃなかったっけ?
来た道を振り返ってみれば、先ほど出てきたはずのぼっとう&よはくの看板が見える。

……おかしいな。
スマホでブックオフを検索し方向をたしかめると、どうも逆方向に歩いていたらしいことが判明した。いつもの通り、しっかりと迷子になっていたのである。
せっかく行きは、ほぼ3分で目的地に着けたのに!
やはり油断は禁物らしい。くるみパンを食べよう。
結局、信号待ちしていた人にブックオフへの道を聞いた。
そこから徒歩1分もかからなかった。
少し、恥ずかしかった。

ともあれ私は無事、緒真坂さんの本を入手した。
今読み始めているのだけれど、とても楽しい。
いつか改めて、感想を書きたいと思う。

上記の緒さんのnoteから、『ボブ・ディランとジョン・レノンでは世界を語れない』の書き出しが読めます。私は「キモタマに染まる」に撃ち抜かれました。

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