USオリ盤で聴くポール・マッカートニー『タッグ・オブ・ウォー』
・【後編】2015リミックスで蘇ったポール・マッカートニー『タッグ・オブ・ウォー』
今回からの二回に亘る記事でお届けするのは、ポール・マッカートニーの1980年代の代表作『タッグ・オブ・ウォー(Tug Of War)』の〝音〟の変遷についてです。
アルバム『タッグ・オブ・ウォー』が最初に発売されたのは1982年。
当時の音楽を聴く主流のフォーマットは、アナログ・レコードとカセット・テープでした。
もちろん、後の1990年代に一世を風靡するCD(コンパクト・ディスク)もまだこの世に登場してきていません。
今回の記事(前編)でお届けするのは、アナログ・レコードからCDへのフォーマット変遷に伴う『タッグ・オブ・ウォー』音質の変化についてです。
■ビートルズ風のサウンドを再現した『タッグ・オブ・ウォー』
1982年の傑作『タッグ・オブ・ウォー』は、私にとって、初めて聴くポール・マッカートニーのソロ・アルバムでした。(しかも、当時のポールの最新アルバムでもありました。)
発売当時、私は、2つの点で、非常にラッキー(幸運)だったと思います。
1つは、後から振り返ってみても、この『タッグ・オブ・ウォー』は、ポールのソロ・キャリアの中でも一、二を争うほどの傑作アルバムだったこと。
もう1つは、このアルバムのサウンド・カラーが、きわめてビートルズに近いものであったことです。
実は、70年代(ウイングス時代)のポールは、ビートルズの二番煎じだと言われることを恐れたのか、決してビートルズらしさを前面に押し出したアルバムを作ることはありませんでした。
ところが、80年代に入り、ウイングスが自然消滅して足かせが無くなったことで、バンドというものにとらわれることなく、自由にサウンド作りを行える環境になったことで、ポールはかつて一緒に音作りをした盟友2人、ジョージ・マーティンとリンゴ・スターを呼び寄せ、レコーディングに臨みます。
こうして、この『タッグ・オブ・ウォー』は、ストリングスやブラス・セクションを効果的に使うジョージ・マーティンのプロデュース手法が効を奏し、極めてビートルズ・ライクな(ビートルズ風の)サウンド・カラーを持つアルバムとなったことで、私のような、旧来からのビートルズ・ファンから熱狂的に迎えられることになりました。
当時はまだアナログ・レコードが健在だった頃…。
私は中古レコード屋で買った国内盤の『タッグ・オブ・ウォー』のアナログ・レコードを、それこそ擦り切れるまで聴き込みました。
■アナログ・レコードの衰退、そして復活
数年後の80年代半ば、我が家にCDプレーヤーがやってきます。
スクラッチノイズがなく、何度聴いても擦り減らない銀色の円盤は、アナログ・レコードを聴いてきた者には、とても新鮮に映ったことを昨日のように覚えています。
初めて買ったCDソフトは当時(1986年に)発売されたばかりのポールの最新作『プレス・トゥ・プレイ』でした。
それから、我が家のレコードラックと、街のレコード店の棚から、アナログ・レコードが駆逐されていくのに、それほど長くはかかりませんでした。
なししろCDはいいことづくめでした。
かさばらず場所をとらない
レーザーで読み取るため盤面が傷まない
頭出しが出来る
当時、私たちは、次のように考えていました。(というより、信じていました)
デジタルというのは、アナログとは違って、非接触なので、音が劣化することはない。
デジタル録音は、アナログよりも音質が良い。
一体、何を根拠に、そんな都市伝説のようなことを信じていたのか、今となっては説明が付かないのですが、当時は、必死になって、アナログ・レコードで持っていたアルバムをCDで買い直していくと同時に、自身のレコード・プレーヤーが壊れたことをきっかけに、持っていたアナログ・レコード(ほとんどが国内盤でしたが…)を次々と処分して(中古レコード屋に売却して)いったのです。
こうして、我が家のオーディオ・ラックの中は、数多くのCDで占められ、アナログ・レコードは一部を残して、ほとんど無くなってしまいました。
しかし、不思議なことに、アナログ・レコードであれほど擦り切れるまで聴いていた『タッグ・オブ・ウォー』も、CDで買い直してはいたものの、だんだんとCDプレーヤーのトレイに乗らなくなっていったのです。
不思議なことに、アルバムを聴いていても、あの時のような胸をワクワクさせるような感動がありません。
私はそれを、てっきり自分が年をとってしまったからだと思っていました。
きっと、多感な時期(15歳)に聴いたからこそ、『タッグ・オブ・ウォー』はあれほどまでに良かったのだ。
でも、社会人になって、結婚して、子供も出来て、日々の暮らしに忙殺されてしまっては、もうあの頃のように純粋に音楽を楽しむことなど出来るはずがない…。
私は当時、そんな風に考えていたのです。
やがて、CDから、PCオーディオの時代になり、今度は持っていたCDをPCでリッピングしては、せっせと中古レコード屋に売り払っていきました。
かつてアナログ・レコードからその座を奪ったCDが、今度はPCオーディオにその座を明け渡そうとしていたのです。
しかし、iPodで聴く『タッグ・オブ・ウォー』(93年のデジタル・リマスターCDをリッピングしたもの)も、やはりあの日(15歳の時)に感じたワクワク感を呼び戻してはくれませんでした。
40代も後半に差し掛かり、初めて『タッグ・オブ・ウォー』を聴いたあの日の年齢(15歳)の3倍もの年月を生きてきたことに私は愕然としました。
自分はあの日から遠いところに来てしまった…。
もう二度と、あの日のように『タッグ・オブ・ウォー』をワクワクしながら聴くことはできないのだろうか。
あの日、あの時のポールの歌声と躍動感のある演奏は、若き日の思い出の1ページになってしまうのだろうか。
そんな日常を送っていた私の音楽生活に、転機が訪れます。
それは、ある1つのブログ記事を読んだことがきっかけでした。
世界で人気が復活しはじめているアナログ・レコード (BLOGOS)
その記事によると、何と、CDの不振を尻目に、アナログ・レコードの人気が復活しているというのです。
私はその記事を見た時に、最初はにわかに信じることができませんでした。
「アナログ・レコード…?」
アナログ・レコードは、私たちがかつて中学生の時に聴いていた超オールド・ヴィンテージ・メディアです。
それがハイレゾ時代の現代に復活するなんて…。
半信半疑になりながら、ここ数年足が遠ざかっていたレコード店の、(CDではない)中古レコードコーナーに行ってみることにしました。
そして、ふらりと立ち寄ったディスク・ユニオン渋谷店で、私は衝撃の出会いをしてしまったのです。
『タッグ・オブ・ウォー』のアナログオリ盤(オリジナル盤)に!
■ディスク・ユニオンで見つけた『タッグ・オブ・ウォー』のオリジナル盤
ディスク・ユニオン渋谷店の中古レコード・コーナーのポール・マッカートニー棚を漁っていると、ふと、あるレコードに目が留まったのです。
『タッグ・オブ・ウォー』です!
しかも、この『タッグ・オブ・ウォー』は、かつて私が持っていた国内盤とは違い、帯が付いていません。代わりにシュリンク(ビニール)で覆われていて、シュリンクの上からステッカーが貼られています。
店が付けた値札表を見ると、
USオリジナル
617円
と書いてあります。
「617円。安い!」と心の中でつぶやきながら、まじまじとジャケットを眺めました。
輸入盤特有のボール紙の懐かしい匂いがして、心はすっかりレコード・ハンティングをしていた中学生時代にタイムトリップしていきました。
驚いたのはその価格の安さだけでなく、ジャケットの状態の良さでした。
USオリジナル盤ということは、少なくとも1982年頃に市場に出回っていたものと思われます。
しかし、シュリンクに覆われているせいか、痛みもなく、驚くほどジャケットが綺麗でした。
「こんなに昔のレコードでも、ジャケットは新品同様なんだ…。」
これはUSオリ盤のシュリンク付きだったからだと後から知るのですが、中古レコード=汚い、というイメージが植えつけられていた自分には、ジャケットが綺麗な盤もあるのだということは、ちょっとした驚きでした。
「これだけ綺麗で、617円だなんて、これはもう買うしかない…。」
こうして、実に25年ぶりに、私の元へ、『タッグ・オブ・ウォー』のアナログ盤が形を変えて戻って来ることとなったのです。
■25年ぶりに聴いたアナログ・レコードの『タッグ・オブ・ウォー』の音は…
一目散に家に帰ると、押し入れの中に眠っていた、レコード・プレーヤーを取り出しました。
大昔に、福生の米軍基地近くのリサイクル・ショップで購入した、1970年代に製造されたCOLUMBIA製のポータブル・プレーヤーです。
スピーカー一体型で、レコード針の交換もできない、安物のプレーヤー。
(今で言うと、ディスク・ユニオンで売っている、1万円くらいのレコード・プレーヤーです。)
ジャケットの取り出し口からレコードを取り出すと、懐かしいボール紙の匂いがします。
当時は国内盤だったので、歌詞カードは只の折りたたみの紙だったのですが、今回はUSオリ盤(オリジナル盤)なので、レコードの内袋に歌詞が印刷されており、しかも内袋の紙には厚みがあります。
内袋からレコードを取り出すと、まず、ジャケットと同系色の鮮やかなレコード・レーベルに目がいきます。
恐る恐る針を落とすと、
ポールファンにはお馴染みの綱引きの掛け声が…
It's a tug of war
What with one thing and another
It's a tug of war
人生は綱引きだ
二つの異なる世界が対立する
綱引きなんだ
そうです。この音です。
安物のレコード・プレーヤー独特の、少しハイ上がりの歪んだ音。
「タッグ・オブ・ウォー」のエンディングからクロス・フェード・インで始まるツイン・ドラム
そう、それは2曲目の「テイク・イット・アウェイ」の始まりです。
Take it away, wanna hear you play
'Til the lights go down
それを取り去ってくれ
君の演奏を聞きたいんだ
照明が消えるまで
3曲目の「サムバディ・フー・ケアーズ」のイントロのアコースティック・ギターを聴く頃には、いつしか、私は、あの日(15歳)の夏にタイム・スリップしていました。
将来のことも、今勉強している意味も、何もかもわからずに悶々としていた日々…
そんな中、ポールの歌声だけが心の拠り所だった…
目の前のレコード・プレーヤーから聴こえてくる音は、
その懐かしさもさることながら、私はその音の良さに改めて驚いていました。
「CDより、全然良い音がする…」
CDの音は、確かにスクラッチ・ノイズがなく澄み切っていて綺麗な音です。
でも音像が平板で暖かみがありません。
でも、目の前の安物のプレーヤーから聞こえてくる音は、
暖かく、迫力があるのです。
「テイク・イット・アウェイ」のリンゴ・スターとスティーヴ・ガッドのツイン・ドラムやスティービー・ワンダーとの共演「ホワッツ・ザット・ユアー・ドゥーイング?」の粘っこい音色のシンセサイザーなどの力強い音は、こちらに迫ってくるような迫力のある音で、
「サムバディ・フー・ケアーズ」や「ヒア・トゥデイ」のアコースティック・ギターはその弦の響きとともに空気の振動する音までが、
「ワンダーラスト」のブラス・セクションはどこまでも力強く厚みのある音で
聴こえてくるのです。
私は確信しました。
アナログ・レコードはCDよりも音がいい。
そして、何故中学生の時あれほど熱心に聴いていた『タッグ・オブ・ウォー』を大人になって聴かなくなってしまったのか?
その謎も解けました。
それは、私が大人になったからではなく、単にオーディオのフォーマットがアナログ・レコードからCDに変わって、音質が低下したからだということが分かったのです。
この出来事をきっかけに、私はCDからリッピングしてあった音源を含めて、60~70年代のアルバムについて、アナログ・レコードの収集を再開しました。
それは、最高の音質を求める、果てしない旅の始まりでもあったのです…。
oh, where did I go wrong, my love?
what petty crime was I found guilty of?
what better time to find a brand new day?
oh, wanderlust away
Dropping a line,Maybe this time
It's wanderlust for me.
僕はどこで間違えてしまったのだろう?
どんなくだらぬ過ちを犯してしまったのだろう?
いつ新たな人生を始めればいいのだろう?
一筆書き留めよう。たぶん今度こそ
旅への熱い想いが僕を駆り立てる
(後編へ続く)
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