異性に依存してしまう人達の話

 過去記事を振り返ろうシリーズ第二弾。
 もっとも検索でのアクセスが多かった記事を「今の私」が改めて綴っていこうと思う。


* * *


 彼氏や彼女と「すぐ別れたがる人」というのは一定数存在するのではないだろうか。
 好きで付き合ったはずなのに何か違う……そう感じることは、何もおかしなことではないはずだ。そこで「何か違ったな」と思い、別れを選択することもあるだろう。
 しかし相手の好意を感じていくほど「別れたくなる」というのは少し違う。つまりは「逃げ出したくなる」人のことのだ。

 こういう人は、いわゆる「回避依存症」と言われるタイプである。

 「回避依存症」とは一言で言うと「深い人間関係を構築することを回避している人」のこと。
 この「回避依存症」の人は「失うことを過度に恐れ、傷つくことを過度に恐れ、だから最初から親密にならなければいい」と考え、しかしその反面で「失いたくないけど、好かれたい」という欲求が強く、愛情に飢えているタイプでもある。
 その愛情に飢えている背景は、家庭環境や親との関係性だったりするのだが、それはここでは省略する。

 この「回避依存症」の男性はとてもモテる傾向にあり、恐らく誰しも一度は遭遇したことがあるのではないだろうか。

 愛情に飢えているので「自分を好きでいてくれる人」「必要としてくれる人」「受け入れてくれる人」を欲し、そういう相手を見つけると自分に惚れさせる為、気をひく為にマメに行動を示す。
 だからこそ彼らはモテるのだが、上記でも述べたように「逃げ出したくなる」のがこの「回避依存症」の特徴なので、簡潔に述べると「惚れさせたら逃げ出す」のである。

 経験はないだろうか?
 猛アプローチを受け、付き合ったのに……彼が、彼女が、急に冷たくなった。離れていった。音信不通になった。結果、別れを切り出された、なんてこと。

 たった一言「ヤリモクでしょ?」で片づけられることなのだろうか。
 よく彼の発言を、彼女の発言を、思い出してみて欲しい。
 もちろん「ヤリモク」な場合も大いにあるだろう。しかそそこには相手の闇を読み解く必要があると考える。

 ちなみに私の知っている回避依存症傾向にある彼も、とてもモテる男性だった。

 付き合う時は自分から女性に告白したことがなく、女性から別れを切り出されたこともないと言っており、女性に追わせるように仕向けるのがとても上手だ。
 その「女性側に追わせるように仕向ける」のを故意的にではなく、無意識に行うのが「回避依存症」の特徴である。

 彼は女友達も多かったのだが、これも「回避依存症」の特徴だそうで、自分が傷つきにくい相手である異性との交流を好むんだそう。
 女友達が多い男性ほど、女性への共感力に優れており、女性が何を求め、何に嫌がるのかがよくわかっており、その空気に溶け込むのが上手だ。
 当然モテるだろう。このタイプは友人と思っていた女友達にもっとも告白されやすいタイプといえる。

 そして意外にもキラキラ女子が好むハイスペにも多いのが、この「回避依存症」なのだ。仕事が出来る人が多かったりもするんだそう。

 私の知っている彼の発言の中でも、特に記憶にある回避依存症的な台詞としては、

「(付き合ったら)好きになる前に別れてた」

「(付き合ったら)振られる前に振っていた」

「付き合ったらもう別れるだけ」

 この三つがあげられる。

 この台詞だけでも「逃げ出している」ことが伝わるかと思う。
 自信満々に見えても「相手の要求に応えきれないのではないか」という不安があるのが、この「回避依存症」である。

 回避依存症にも「独裁者タイプ」「搾取者タイプ」「ナルシストタイプ」「脱走タイプ」の4つがあるそうで、彼はこの「脱走者タイプ」に当てはまる。

 「脱走者タイプ」は過度な束縛を嫌い、仲が深まりだすと逃げ出したい衝動に駆られ、自由でいたいという意味合いの発言を繰り返す。そして本心は明かさない。

 そういえば、この彼も「今までは付き合う女性にも絶対一線をひいてバリアをはってきたし、本音は言わなかった」と言っていたのを、かつての私は調べていた時にあまりに当てはまっていて驚いたものだ。

 他にも性癖含めて色んな特徴があるのだが、ここでは長くなりすぎるので割愛する。
 一言で言うと「親密になってくると逃げ出そうとする」ということだ。

 その為、もっとも一番気楽な関係性である「浮気」を繰り返すタイプもおり、それでもなんとなく過ごせてしまうので自らが「回避依存症」であっても困らないゆえに治そうとはしない、気づかないものだという。

 ちなみにこの「回避依存症」の異性に強く惹かれてしまう人の多くは、恋愛依存症の一種である「共依存症」である場合が多い。

 そもそも「回避依存症」というのは我儘なので、一方的に好き好き言っておいて去っていく、そんな男追いかけて何になるの? そんな男といたって幸せになれなくない? 勝手すぎでしょ! という、当たり前のことが判断出来て、切り捨てることが出来る女性はまず追いかけたりなんかしない。

 こういう異性を追いかけ、追い求めてしまうことが、まず「共依存症」であり、その特徴に「安定した生活より不安定な生活を好む」というのがある。

 ちなみに私は共依存症の傾向があり、昔から平穏に凄くつまらなさを感じ、修羅場が訪れるとその時は悩み苦しむくせに、それを欲している傾向にあった。

 特にそれを感じたのは、いくつか共依存症について綴られた例を読んだ時に、その中に「不幸な身の上話を聞くうちに「俺が彼女を救ってあげなければ!」という使命感を抱き、彼女に惜しみないサポートをする」という例だ。

 その彼は惜しみないサポートをし、相手の彼女も最初は「人生で出会った中で一番優しい男」と評し、「あなたといるだけで心が癒される」と彼に感謝する。
 しかしながら時間がたつにつれて、その愛情が当たり前のものとなり、有難みがなくなり、彼女は重荷にさえ感じ始める。

 しかしそんな離れていく彼女に気付き、彼はもっともっと頑張ろうとする。
 そして最後には「ごめん、●●くんは私には良い人すぎてもったいないから」と別れを告げられる。 

 この例を読んだ時に「ああ、私のことだわ……」と思い、私はまさに必要とされることを必要とし、救済者になりたがるタイプなのだと、その時気づかされた。

 その人が救われていることに幸せを感じ、感謝されるとこの上なく満たされる。
 これもまた自信の無さに繋がるのだろうが、こうして当時の私は自分の存在意義を満たしていたんだろうと思う。

 当時、とあるフィリピン風日本人の友人はよく言っていた。
 「ツナちゃん、いっつも「こんな私なんかを好きになってくれて」って言うよね。いつも「私なんか」って言うけど、そんなことないから。みんなツナちゃんのこと好きだから」と。

 「私なんかを好きになってくれる人は、もう現れないかもしれない」と、そう思って、付き合っている男性に縋りついていたのだろう。こうして依存度が高まる。
 そんなはずはない、と今の私ならきっと過去の私に言ってあげれるように、そう思っているであろう人達には「そんなことはない」と、声を大にして言いたい。

 この「回避依存症」と「共依存症」は他に99人いても互いに惹かれあうぐらい、熱烈に惹かれあうと言われている。

 好かれる為に行動する「回避依存症」は共依存症が求めているものを無意識にでも演じ続けることが出来るそうで、もちろん次第に綻びは出てくるのだが、共依存症の人にとってはその絶頂期(ハネムーン期)を知っている。
 だからこそ、そこから綻びが出てきても、あの幸せだった絶頂期が染みついていて離れることが出来なかったりする。

 それこそが依存であり、抜け出せなくなる精神的DVとも言える負のループなのだ。

 回避依存症は男性に多いと言われているが、女性にもいるとそうで、誰しもが少なからず回避依存症や共依存の傾向を持ち合わせているものだと、私はとあるカウンセラーの方に聞いたことがある。

 しかしながら「依存」というのは男女関係に置いて、もっとも気を付けたいところだ。
 遊び人ほど女を依存させるのが上手い。一度依存させてしまえば、自ら離れていかない上に自分の思い通りにコントロールしやすいからだ。

 故意的に「女性側から追いかけさせる」のが遊び人の手法でもあり、今日も遊び人だった知人に「女性は追いかけるのも好きだけど、俺は追いかけさせるのも好きだね」といういらないお言葉を頂戴したばかりだ。

 かつての私もそうだったように、目の前の男性だけが男性ではない。今大好きな彼は、もう今後出会えないかもしれない彼なのか、よく考えてみて欲しい。
 今までに好きになった彼は、目の前の彼だけだったのか? 彼女だけだったのか? と。

 もちろん初めての彼かもしれないし、彼女かもしれない。それだと余計に離れたくはないだろう。

 しかし私もそうだったが、盲目なうちは気付かないだけで、冷静になってみるとわかる。
 目の前の彼だけが、目の前の彼女だけが、「特別な人」ではないのだ。

 イケメンかもしれない、可愛いかもしれない、ハイスペかもしれない、お嬢様かもしれない……だからこそ、もう出会えないかもしれない。
 こんな私を、俺を、想ってくれる人は、理解してくれる人は、もう一生現れないかもしれない。

 きっとそう思えば思うほど、依存度は高まってしまうだろう。

 所詮はみんな「ただの人」に過ぎない。
 どんなに凄い人だろうと、あなたが自分の心を擦り減らしながら傷ついてでも得る価値のある「特別な人」ではない。

 大事にするべきは、他人ではなく自分であることに、依存しやすい人ほど気づくべきなのかもしれない。
 どんなに求めようと、どんなに縋ろうと、人が独りであることには変わりない。それを受け入れた上で、相手と寄り添って、支え合っていくことが大事なのではないだろうか。

 「こんな私を好きになってくれて」

 「こんな俺を好きになってくれて」

 そう思う前に、自分が自分自身を好きにならないことには、きっと誰からも好かれることなんてないだろう。
 それこそ、その心の隙間に入り込まれて、再び依存してしまうだけだ。

 そう、今の私は過去の私に言ってあげたいし、同じような想いをしている人にも伝えたい。

 今、もし苦しみながらも離れられずにいる人がいるのなら、それが本当に「好き」だからなのか、「依存」しているだけなのか、一度ゆっくりと考えてみるのもいいと思う。


 ※これは私個人が本や有料記事、カウンセリング等を受けて調べたものであり、医学的根拠はありません。

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