ツナえもん飯 ~構ってちゃんな東大生の場合~

 私、ツナえもんはアラサーでありながら独身フリーである。これは忌々しき事態なのだが、現状は好きな人もいなければ仮氏もいない状況だ。

 私は友人に問う。
 「私、なんで彼氏が欲しいってならないんだろ?」

 決して「彼氏はいらない」というわけではない。男がいなくても生きていけるほど、強い女性でも自立した女性でもない。
 しかしながら「彼氏が欲しい」という感情がわかないのだ。唯一わくのは地震の時と家電製品の設置の時ぐらいである。

 そんな私の問いに友人は答える。
「そんなの前からじゃん」

 即答だった。彼女は即答するなり、パスタを頬張る。
 確かに私は前からそういう女だった。いなければいないで楽しむし、いたらいたで楽しむ。どんな状況も楽しんでしまうような女だ。

 ならば、今の独身フリーの状況も楽しまねばなるまい。
 そうやって楽しんでいるうちに、また好きになれる人と出会えるかもしれない稀少な可能性を信じて。


* * *


 そこで、大学生である。
 私の心の欲求不満を満たしてくれる存在といったら、やはり若くて可愛い大学生以外にいないだろう。
 若ければ若いほど可愛い。容姿の問題ではなく、その幼さが可愛いのだ。若さはプライスレス。
 男性が若い女性を好むのと同じで、年下男性は若いだけに肌も綺麗だし、柔軟性のある考え方で、尚且つ素直さと真っ直ぐさがあって、そして未完成な感じがいい。
 ただ年上男性には年上男性の完成された良さがあるので、私は決して年上は否定しない。可愛いとは違い、逆に自分が可愛くいれる大人の包容力がある。

 もちろん私は男子高校生が一番好きなのだが、合法的なラインを考慮し、出会える範囲となれば大学生までだろう。

 事の発端は暇潰しでやっていた某アプリである。
 彼とはアプリでゆるくやりとりをしていたのだが、私がアプリを開くのが面倒になってそのまま返さずに終わっていた、その時だ。

 彼からザオラルメールが着たのである。

 普段なら「めんどくさいな」と思って無視するのだが、この時の私は特に目ぼしい誰かとやりとりしているわけでもなく、尚且つスマホが鳴らない時だったので、それに乗っかって返信した。
 私はとても気分屋なので、相手の善し悪しよりも気分が大きく左右する。まさにタイミングというやつだ。

 そして彼の場合、私の大好きな「誘い受け」だったというのもある。「誘い受け」とは腐った業界では挨拶のように交わされる語句の一つで「言葉や仕草で誘ってその気にさせる高等技術」と言われている。

 彼とは食べ物の話を主にしていたのだが、仕事で疲れていた私は「疲れたー」ぐらいの返信しかしていなかった。

「お仕事大変なんですね、ほんとおつかれさまです。休日にお食事誘うの気がひけちゃうw」

 その時に着た、このメッセージがきっかけだった。

「あれー? お食事誘ってくれちゃう感じー? 来月、まだ暇してるから誘って誘って♡」

「誘いたいなぁ……お洒落なとこなんて知らないから誘うのもあれかもしれないけど。何曜日がお休みですか?」

「お洒落なところじゃなくて大丈夫だよw普通に楽しめればオッケー! 休みは●と●だよ」

「良さげなところ探しておきます! GWの●なら空いてます。あとGW以外なら●とかも空いてます!」

「私は●日なら空いてるよー!」

「本当ですか!? ツナさんと●日にごはん行ってみたいなぁ」

「いいよん! 行きましょ♡」

「やったー! 嬉しい! 美味しいお店あるかなぁ。居酒屋さんしか使わないから探さなきゃ!」

 この流れを見て、お気づきだろうか。
 彼は一度も私に「食事に行きましょう!」「●日どうですか?」なんて一言も言ってはいない。
 しかも最後の大事な場面で「ツナさんとごはんに行ってみたいなぁ♡」である。そして結果的に私が「じゃあ行きましょ♡」と言わされているのだ。

 「誘い受け」とは「相手に誘わせる」技術を持った男性のことである。

 なお、本人は「技術」なんて思っていないことが大半で、元々備わっているものであることがほとんどだ。

 私はこのタイプが大好きで、何故ならがっついていないし、ギラギラしていないので、ついつい引っかかってしまう。
 受け身の女性や男性が誘うものだと思っている女性とは相性が悪いと思うが、私のように「主導権を握りたがる女性」にはとにかく効果的だろう。そして主導権を握っているようで、男性の流れに乗せられているだけなのである。

 そんな流れを経て、彼とは食事に行くことになった。
 しかもプロフィールをよく見ていなくて、彼が「東大生」であることを知ったのは食事に行くことが決まった後だ。

 待ち合わせ場所に行くと真っ黒な服装に身を包んだ細身の男性が立っていた。最近会った男性の中だと社会人ナンパ師ちゃんととてもよく似た系統である。
 低血圧な感じに冷めた雰囲気、そして性欲がなさそうな感じ。ただ性欲はあると思われるので、あくまでこれは私が感じたイメージでしかない。

 彼が予約してくれていたお店へ行き、そこで食事したり呑みながら和やかに話すわけだが、なんといっても彼は「東大生」である。
 社会人になれば「東大卒」というブランドがつき、そういうのが好きな女性達からはちやほやされるのだろうか……という気持ちで、目の前のまだ殻を破っていない幼い彼を見た。

「東大生ってだけでもモテそうだけど、実際はどうなの?」

「僕も高校の時は東大に入ればモテると思ってた……思ってたんだよ……」

 彼の話を聞く限り、東大(理系)はキモオタの巣窟だという。
 もちろん聞いている感じでは、それでも彼女がいる子もいるようだったが、決して「モテている」わけではないんだろう。

 婚活女性は学歴を条件に入れる人も多いので、社会人になれば「東大卒」という肩書きがつき、その先の可能性に女性が群がるのではないか? と私は考えたのだが、彼は苦笑しながら言う。

「んーでも中学の時は高校になればモテると思ったし、高校の時は大学に行けばモテると思ったけど、結局モテてはないから社会人になっても同じ気がしてるw」

 東大なのに? 将来有望なのに? モテない?
 キラキラうるさい女共はイケメン高学歴以外には目もくれないのだろうか。勿体ない、だったら私が彼らと結婚する! という気持ちで、彼の呟きに耳を傾ける。

「やっぱり慶応とか早稲田がいいんじゃないのかなー」

 確かに慶応は容姿的に今風な子が多い。もちろんそういう子ばかりではないだろうが、そういう子が目立つのは確かだろう。
 一方で東大生の写真を見せてもらったが、確かにキモオタだ。可愛い顔立ちの子もいるけど、男子校出身から東大に入りました感がある。

 そしていくら今風の容姿を装っても拭えない大学デビュー感がある。

 高学歴でも高収入でも、モテない人はモテないんだろう。女は実にシビアだ。モテる男に吸い寄せられるように消えていく。
 だからこそ数が合わず、モテない男まで女が回ってこないという負の連鎖が起こるのだ。
 将来有望な彼らのような存在こそ、こじらせる前に摘み取るべき男性だ。
 私は東大の非モテ達をみんなまとめて抱きしめたい気持ちにさせられた。

 東大生といえど、ごく普通の大学生で、ごく普通の男の子なのだな……と思いながら「可愛いって言われるの嬉しい」と素直に述べる彼に、何度も「可愛い」を連呼してあげる。

 時間はあっという間に過ぎ、店を出て駅に向かう。

「彼くん、●●線でしょ? こっちじゃない?」

 路線の違う彼の乗り場が先に近づき、その場で別れようとしたが、彼はその場を離れようとはせず。あれ? っと思う私に彼が言う。

「改札まで一緒にいっちゃだめですか?」

「おー! 改札まで送ってくれちゃう感じー?」

 わざわざ改札まで送ってくれるなんて、可愛いことしてくれるなーと思い、茶化すように言う私に、彼は真っ直ぐ向いたまま、

「違うし、ただ俺が一緒に行きたいだけだし!」

 ふいに更に可愛いことを言ってくれるので、不覚にもきゅん♡としてしまった。

「わーツンデレかよーw」

「違う、もう少し一緒にいたいだけ」

 そう言ってデレる彼が凄く愛らしかったのだけど、なんといっても彼は「誘い受け」である。
 こういった甘え上手なところも「誘い受け」の特徴だ。気づいたら私はその可愛さに負けて腕を組んでいた。

 改札が近づき、「今日はありがとう、またね」と言って彼に手を振った。構ってちゃんな彼が少し寂しそうにしているのを見届けて、私はその場を後にする。

 社会人になったら私のこと娶ってくれないかなーなんて考えながら、私は帰りの電車に乗り込んだ。

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