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お気に入りの布、夏服を縫う春。

洋裁を始めた。

といっても今日の話ではなく、去年の11月から。

初めはトートバッグをつくった。

結婚して家から出て行った兄が置いて行った、茶色いクッション。

狙いは君だ!!ジョキジョキ切っていざリメイク開始。

YouTubeに載っていたトートバッグの作り方を参考に、底辺と横をダダダッと縫って、持ち手は100均の出来合いのものを縫い付けた。

あっという間に、お目当てトートバッグの出来上がり。


今思えばものすっごく簡単だったが、当時の私としてはとんでもない大冒険だった。

クッションを切るとき、本当に切っていいの?足りなくならないかな?と、とにかく心配で心配で、ひとつ進めるのに一体何分格闘したことか…。


裁断が終わった後は、いよいよ中学生ぶりのミシンとご対面。

おばあちゃんから代々伝わる我が家のミシンはジャノメの足踏みタイプである。


上糸はどうやってつけるんだ…? 下糸出てこないけど…。

事あるごとに母を呼び、教えて教えてと騒いでは作業中断を繰り返した。


ようやく踏んだミシンは約10年ぶり。もちろん踏み加減などわかるはずもなく。想像以上のスピードで練習用の布15cmの一片をダダダダッと一気に進んでしまった。あまりの速さに私も、隣で見守る母も、「きゃーーーっ!!」と叫んだくらいだ。

練習を何度か繰り返し、いざ本番!

ジョキジョキ切った元クッションを中表に合わせ、ようやく慣れたミシンをゆっくりとカタカタ踏み進めた。


心配性と完璧主義が絶妙な力加減を見せてくれたおかげで超簡単トートバッグが完成するのにはなんと3日もかかってしまった。


出来上がったトートバッグは、冴えない色で、形もがたがたで、だけど私にとっては特別にかわいいハンドメイド第一号。

「我が子は可愛いものよ」と世の母親たちは口を揃えて言うけれど、子でなくても自ら作り出したものがこんなにも可愛いのだから子供なんてどれだけ可愛いくて尊いのだろう。


ハンドメイド第一号を見事作り上げた私はミシン沼にどっぷり浸かることになった。


ミシンはいい。

一定の音でダダダッと縫い進める音のなんと心地良いこと!

座ってできるものだからどんな体調の時でも楽しめるのもまた良いところ。


ああ今日は家にいたい…ひとりで無心になりたい…

そんな時にもミシンを踏むとスッキリする。

ここを縫い合わせたら完成する…!この布で作ったらどれだけ可愛いだろうか…。次は何を作ろうか…。

頭の中は、真っ黒のもやもやからミシンの楽しさでパーッと明るくなっていく。


鬱でしんどかった時期に没頭できる趣味がみつかって、見事私はミシン沼に頭の上からつま先までしっかり浸かることとなった。


小物作りから始まった私のミシンは、この春、ついに洋服づくりにまで到達した。


本屋さんで出会った一冊の本。

ハチャメチャにかわいい洋服がそこここに溢れていて、私はその本にズキュンと一目ぼれしたのだ。

気付けば布を買い、洋服づくりを始めていた。


ダーツ、ギャザー、タック…それっぽいそれっぽい!!

本の通りに縫い進めれば、白いティアードワンピースの出来上がり!

なんって可愛い洋服なんだろう。


この洋服を着て、どこかへ出かけたいなあ…。

鬱で出かけることに不安を感じる私が、外に出かけたいと自然に思えた。


ミシンは偉大だ。


私はこの春、お気に入りの布を見つけ、気に入った型紙を使って夏服をたくさん作りたい。

夏服をたくさん作って、夏を楽しみに待ちたい。


11月の初め、ボロボロになってしまった心を癒そうと多くの時間を要した。

散歩をして、食事をして、日向ぼっこして、時には花を飾り、それはそれは沢山試行錯誤した。


それでもひと月、またひと月と時が経つごとに「来月は仕事に戻らなければいけないのかもしれない」「いつまでも休んでいるなと、甘えるなと両親に叱られてしまうかもしれない」自分の中の心配性で不安な真っ黒が頭から消えなかった。

時が経つのが怖かった。


そんな私が、今は夏を楽しみに待つことができる。


お気に入りの布を手に、どの型紙を使おうかとワクワクしながら…そして頭の中では夏の風景の中に手作りの洋服を着た私を想像している。

そしてその中の私はいつどんな時でも笑顔でいてくれているのだ。


ノースリーブのワンピース、ふわっと広がるAラインスカート、キラキラ光る青空の下、私は幸せそうに笑うのだ。


ミシンはすごい。


私はこの春、お気に入りの布で夏服を縫う。

幸せに笑う私に出会うため。

鬱を気にかけず、楽しく出かける私に出会うため。


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