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転職を余儀なくされる書店員の赤裸々

「あなたには将来がある。どこか他を探した方がいいと思う」


週明け、返品する本の梱包作業を終え、店長が切り出した。

週末は原稿の執筆のために休みをもらっていたのだが、どうやらその間に東京の本社から人事部のエラい人が来たらしい。

曰く「経営が厳しく人件費を削らなければならない。つきましては来週のシフトからおたのみもうす。しんどいけど、そういう時こそみんなでガンバロ☆」。

こちらが一年前から提案しているイベントの企画はいまだGOサインが出ないのに、こういう慎重さが求められる場面に限って十分検討したとは思えないスピードで実行されていく。


休日返上で組み直したであろうシフト表を店長が広げる。就業開始が毎日1時間遅くなる代わりに、これまで休みをもらっていた金曜日に気持ちばかりの時間数が組み込まれている。

日数が増えても、総時間数は減っているので事実上の減給である。ド田舎の最低賃金ではとうてい生活できない。職場は辺鄙な場所にあり、こうちょびちょび削られてはバイトのハシゴも難しい。

それでも私の減給を最小限に抑えようと同僚が苦心してくれたのは伝わってくる。実家住まいとはいえ書店の収入で生計を立てる私は、どれだけ重要な仕事を担おうと、愛着や恩義を持っていようと、一定のラインを下回れば一切の猶予なく退職せざるを得ない。金曜日の出勤は同僚たちの「辞めてほしくない」気持ちの結晶なのだろう。


「本社の人はみんなで頑張ろうと言うけれど、会社が持ち直す見込みはない。それでもあなたには将来がある。これまで積んできたキャリアもある。今ならどこででもやっていける」

ゆっくりと力強く言い切り、店長は面談を締めくくった。これはアニメや漫画でいうところの「ここは俺がヤツを引きつける、お前は逃げろ」である。とすれば店長の思いを無駄にするわけにはいかない。



この書店に入社して1年半。言いたいことは山ほどある。

私たちの店舗の売上は他店に比べても健闘している。この春にはコロナ禍の打撃から回復の兆しを見せ、店内は入社以来一番の賑わいに満ちている。手を付けるべきは他にあるだろう。たとえば、エラい人がオンラインではなく店舗に足を運んだことで生じた交通費とか。私の時給の約30時間分を何と心得る。

だが、そう長くはいられないだろうことはずっとわかっていた。そもそも書店自体が斜陽業界で、先細っていく未来は入社前から覚悟していた。

それなのに仕事に戻っても集中できず、思考は目の前の伝票からくゆりくゆりと逃げていく。私を採用するくらいの余裕はあるんだろうと高をくくっていたのかもしれないし、面接で唯一提示された「長く働ける人」という条件に寄りかかりすぎたのかもしれない。



シフトの削減は入社以来、2回目である。昨年の秋ごろに1段階減り、以降貯金を切り崩しながら続けてきた。

掛け持ちや転職を考えなかったわけではない。転職サイトにログインし直し、求人募集の張り紙を見かけるたびに立ち止まり、毎週刊行されるフリーペーパーに目を通した。


人生とは不思議なもので、そういう時に限って真に望んでいたチャンスが訪れるものである。

非正規の書店員として働く傍ら、noteを主軸に書き手としての表現活動も地道に続けてきた。いつかは形に残してみたいと夢見ていたものの、いざ本にするとなるとわざわざ後世に語り継ぐような経験が自分にあると思えない。ましてや冊子にして世に送り出すノウハウもなく足踏みしていたところへ、2つのプロジェクトが持ち上がったのである。

ひとつは、音楽や楽器に挫折したつくり手が編集バンドを組み、ZINEをつくるというもの。もうひとつは、私がロゴデザインを担当した犬島の『カフェスタンドくるり』のご夫婦に、移住までの経緯と島の存続のための活動にかける思いを綴ってもらうというもの。

どちらも今発信すべきテーマだと信じられたし、私に欠けた2つの要素を補完する企画でもあった。

転職を選べば、生活のリズムも大きく変わる。新しい環境でいちから仕事を覚えながら、はじめての本づくりを全うできる自信はない。着手できずに後悔するくらいなら、浮いた時間をこの2つのプロジェクトにささげようと決めた。



そこから半年。どちらも原稿はほとんど固まりつつある。2冊を出版してから転職活動を始めてもいいのだが、すでに次の構想もある。これが終われば、あれが終われば、と先延ばしにしているうちに、貯金は底をつくだろう。ならば区切りは一旦置いておいて、着々と逃げる用意を整えたい。

年齢ももう30歳である。自分なりに考えがあって非正規の道を選んだわけだが、収入の不安定さと将来への不安はぬぐいようがない。資本主義の日本社会は購買意欲を刺激する広告やキャッチフレーズで溢れている。それらをスパイのアジトに張り巡らされた赤外線のごとく潜り抜け、ひとり帰路につく息苦しさにももう疲れた。


正社員に復帰するならきっと若い方がいい。とはいえ、入社後に企業とのミスマッチで受けるダメージが大きいのも正社員だ。これまでも「残業ほとんどなしって書いてあったのに」とか「たくさんシフトに入ってほしいって言ったのに」とか「やりたいことがやれる環境ですよって謳ってたのに」とか。求人票とのグレーゾーンなギャップに苦しめられてきた。情報収集に励めば少しはその差も小さくできるだろうが、人間関係だけはどうしようもない。

だったら非正規のまま身軽でいた方がいいのだろうか。本づくりに割く時間とエネルギーも守りやすいだろう。

それとも東京に行けば、フレキシブルに働く正社員という選択も生まれるだろうか。カルチャーの発信地でもあるし、本づくりの舞台にピッタリである。推しのしずるのライブだって今よりたくさん行けるし、ファンのお友達にも会える。だが、デザイナーの妹とタッグを組んで進めている部分もあり、離れると今ほどの円滑さは保障されない。


過去2回転職したが、1回目は「次こそは絶対にやりたいことを仕事にするんだ」と燃えていたし、2社目を離れる時は体調をコントロールできる環境に行かざるを得ない状況だった。前向きにしろ消極的にしろ、優先すべき軸があったのは救いだったのかもしれない。今回は年齢的なタイムリミットや仕事以外の守りたいものも絡んでくる。考えなければいけないこと、やらなければいけないことは漠然と、でもたしかに大量に、私を待ち構えている。


足元がぼやぼやと心もとなく、売れた書籍の在庫を取りながら泣きそうになった。とりあえず帰ったら酒に縋ろうと決めてペンを握り直し、ふと「現状をそのままnoteに書いたら面白くないか」と思い立つ。現段階でオチが全く決まっていないヒリヒリの連載である。


なんにせよ転職活動に自己分析は必須である。人生において何を優先するのか、どんなキャリアプランを望むのか、自分のどの経験やスキルが生かせるのか、思考のすべてをノートに書き出すことには変わりない。

だったらいっそnoteに公開して、同じようにキャリアに悩む同世代の読者さんや書店員さん、クリエイターさんと一緒に未来を見つめる方が心強いじゃないか。

今まさに「オチが決まっていないヒリヒリの連載」と表現しながら、それはこれからどこへでも向かえるということだと気づく。

閉めきっていた窓を開け放った時のような、のびのびとした清々しさが通り抜けていく。

※転職活動を通して考えたことや経験したことを不定期で連載していきます。参考にはならないと思いますが、パブリックビューイングのような気持ちで応援していただけると幸いです。
※これまで通り本のレビューや表現活動の報告なども更新していきます。

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