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渇き

 「暑・い・・・・、水・・・・水・・」
老婆が独りさまよっている。
耳鳴りのように、何十匹もの蝉が叫ぶ白昼の街。焼き付ける太陽、乾ききった地面のアスファルト、ギラつく窓ガラスの反射。暑くて息をするのも苦しい。
今でも倒れそうに、クラクラする頭。ぼやけた視界には、動くものは何もない。誰もいない。すべての物は熱のまえに色を失い、ただ、白く光る。
何時間迷い続けているのだろうか。バッグのペットボトルはとっくに空。日陰もない、店はおろか自動販売機もない。
汗も枯れはて、乾ききった喉が痛い。

「助けて・・・・・水・・が・・欲しい」
いつもの道を歩いていたはずなのに、何故こうなったのだろう。あの世に迷い込んだのか。
焼けた道は容赦なく靴底に熱を移す。火傷をしたのか足の裏が、一歩ごとに激しく痛む。
ついにがっくりと膝をつく。とたんに膝が焼かれ始める。
「熱い! 暑い、・・・・助けて・・・・水・・・」
悲鳴を上げたが、乾いた喉では声にならない。

一陣の風が乾ききった老婆に砂を叩きつける。私が何をした、と老婆が泣きそうになった時、砂が立ち上がり、人の姿になった。
「お前を、私と同じ目に、あわせてやる」
砂人は老婆の目と鼻の先に、水を差しだす。老婆が手を伸ばした瞬間、水を辺りにまき散らす。老婆は枯れた目で泣き崩れる。
「助けてもらえない恨みが、わかったか」
砂人は娘の姿になった。
老婆が目を見開く。
「お前は今まで忘れていたんだろう。私は、ずっと、覚えていた」
「許して」と老婆の口が動く。
「可愛い息子に助けてもらえ。私は許さない」
娘は砂嵐となり彼方へ飛び去った。

灼熱の街に老婆だけが取り残された。老婆はゆっくりと崩れ落ちながら意識のすみで、微かなサイレンを聞いた。


「中途半端に助かりやがって」
「病院代だけでもバカにならないわよ」
声の主がわかった時、老婆は愕然とした。息子夫婦だ。身体を起こそうとしたが、力が全く入らない。
「寝たきりなんて最悪」
老婆は心底ゾッとした。息子夫婦の世話がないと生きていけない身体になってしまったのか。
「バチがあたった」
老婆は渇き以上の激しさで、暗澹たる気持ちに沈んだ。



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