秒の失恋
「わかった、友達紹介するよ」気が付くと俺、北城裕人はそう言っていた。通話の相手は大学時代の友人の長野さん。就職してから出会いがないらしい。マッチングアプリは怖いからリアル友人の 伝手を頼りたいとのこと。要するに彼氏候補を紹介しろということだ。
今フリーなのは川瀬か。川瀬の会社はザ・理系で男だらけと言っていた。唯一の趣味は車だから、出会いがないのは川瀬も同じだろう。無口で女慣れしていない川瀬だが、飾らない性格の長野さんなら会わせても大丈夫だろう、多分。
俺は久しぶりに川瀬にLINEを送った。
結局初めての顔合わせは、3人でドライブに行くことになった。川瀬に車を出してもらい海へ向かう。行きの配置は助手席に長野さん、後部座席に俺。
エンジンをかけてすぐ長野さんが「川瀬さん、運転中に話しかけて大丈夫ですか」と尋ねた。こういう心配りができるのが彼女のいいところ。川瀬は「大丈夫」と答えてステレオの音量を下げた。ああ、俺が苦労して選曲したBGM集が。
最初の信号で長野さんが言う。
「川瀬さんのブレーキング丁寧ですね。私が踏むとカクッとなって教習所で怒られました」
事前に教えた通り、まず川瀬の趣味である車の話題を始める。話題を準備してきているんだろう。結構気合入ってないか。
主に話しかけるのは長野さんだが、川瀬もそれなりに受け答えして会話は弾んでいる。この二人、ものすごく相性がいいのかもしれない。
「川瀬さん、大学の専攻は何でした」
長野さんが難易度の高い質問で切り込む。文系の彼女に工学部の話が分かるのか? ハラハラしながら聴いていると、
「物理学。量子って聞いたことある?」と川瀬が嚙み砕いた説明を始める。声が嬉しそうだ。
俺はあえて寝たふりを決め込んだ。
やがて海が見えてきた。穏やかな冬晴れの海。車から降りて長い海岸線をぶらぶらと歩く。波打ち際を笑顔で歩く二人を見ているうちに、なんだか気持ちが暗くなる。
川瀬は自分から話すタイプじゃない。女性と付き合ったことはないし、流行にはまったく疎い。
長野さんも聞き役が多い。はっきりと物を言うためか、友達は少ない。やはり流行には関知しない。
なんでこの二人の話がはずむのだ?
川瀬と長野さんでは話題がないかもと思って、ネタも準備してきた。それなのに、二人は初対面とは思えないくらい話が弾んでいる。シュレーディンガーの猫? なんだそりゃ。一度も聞いたことがないぞ。
それに、なんだろう。長野さんを見ていて違和感を感じる。長野さんってあんなに無邪気に笑ったっけ? 彼女のあんなに嬉しそうな顔見たことない。
相手が川瀬だから、か…?
あれ、彼女が砂に足を取られた。なにーいーー!! 川瀬が爽やかな笑顔で手を差し伸べてるじゃないか。おいおい、青春映画かよ。お前そんなキャラだったのかよ。俺にはできないわ。
・・・胸から喉にかけて酸で焼かれるような感じがした。タールみたいにどろんとして重い感情が湧き上がる。これはなんだ? 嫉妬、か?
頭のキレは川瀬にかなわないと認めていた。だけどまさか、女性への接し方で、川瀬に嫉妬するとは思わなかった。
俺、お邪魔虫だよ、いなくていいじゃん。
帰路もおれは後部座席で狸寝入りを決め込んだ。二人の話なんて聞きたくない。
先に長野さんが降り車内は急に静かになった。恐る恐る川瀬に訊く。
「どうだった」
「すごく話しやすかった。長野さんて話をちゃんと聴いてくれるね」
「接客業だからね」
口にした途端しまったと思った。今、吐いたのは毒だ。オ前ガ特別ジャナイという意味の棘だ。
「また会いたいな、長野さんなら話をしても疲れない」
川瀬がさらっという。俺の腹にはまったく気づいていない。
「今日一日付き合ってくれてありがとうな」
止めろ、礼なんか言わないでくれ。余計にみじめになる。
精一杯冷静をよそおって聞く「次、どうする。またセッティングするか」
「長野さんとなら二人でも大丈夫だと思う。アドレスも交換したし」
女性に対して及び腰だろうと決めつけていた川瀬の、予想外の言葉に驚いた。
「本当?」
「うん、なんとかなるよ。あの人なら気を使わなくていいし」
「そんなに気に入ったの」
川瀬は無言で返す。バックミラーの中の彼は、はにかんでいる。10年来の友人の初めてみる表情だ。
長野さんのあの笑顔、川瀬のはみかみ。長野さんとは6年、川瀬とは10年の付き合いだ。今日、二人が初めて見せた表情は、あの二人が出会ったから生まれたもの、か。
友人のことはかなり知っているつもりだった。でもそれは思い込みだった。川瀬が意外に積極的であること。長野さんが実は可愛かったこと。知らなかったよ。
だけど、一番見えていないのは自分自身のことだった。
実は嫉妬深いこと。長野さんを川瀬にとられたくないと思ってしまったこと。気が付いたときには手遅れだったな。
長野さんからのLINEは未読スルーのまま。お礼なんて読みたくない。
お読みくださりありがとうございます。これからも私独自の言葉を紡いでいきますので、見守ってくださると嬉しいです。 サポートでいただいたお金で花を買って、心の栄養補給をします。